第6話 はい。ガソリンの味を、知っているのか、という

 メフィストが指定した場所はとある宿屋の一室だった。


「初めまして依頼主の『メフィスト』です。趣味でレアハンターをしております」


 メフィストは部屋に集まった者たちに深く一礼し顔を上げるとニッコリと笑う。その姿は一見すると天使のように美しいが、その奥にはどこか人を惑わすような危うさが宿っている。


 メフィストは美少年だった。白い肌に銀髪にサファイアのような瞳の少年だ。おそらく種族はヒューマンだろう。


「レアハンター、ですか? そんな職業があるんですね」

「いえ、これは自称です。単純に珍しい物を集めることが好きなだけですよ」


 メフィストは椅子に座った面々を見渡すと自分も椅子に腰かける。


「しかし、今回は集まりませんでしたね。2名ですか」


 部屋に集まった者たち。それはサイゾウと剛三郎だけだった。


「さすがにあれは怪しすぎますなぁ。ただ称号を見せるだけで100,000ギルダンなんて警戒されてあたりまえです。でゅふ」


 そう言って剛三郎はニチャニチャと笑う。


「剛三郎さん、種族はオークかなにかですか?」

「ぬほほ、ご冗談を。そんな種族は選べないことを知っているでしょう?」

「そうでしたね。てっきり新しく実装されたのかと」

「ぶふふ、面白い方ですなぁ」


 剛三郎はでっぷりと出た腹を揺らして豪快に笑う。その姿はなんだかイノシシか豚が笑っているようで、サイゾウは少し引いてしまった。


「さて、早速ですがお二人には珍しい称号を見せていただきたいと思います」

 

 メフィストはサイゾウたちに向き直ると真面目な顔でそう言った。


「ここに来たと言うことは最低でも☆5以上の称号をお持ちと言うことかと思います。もし、そうでないのでしたらすぐに退出を」

「ぼほほ、ご心配には及びません。ちゃんと☆5以上でございますよ」


 剛三郎は自信ありげな表情でメフィストとサイゾウにステータス画面を見せる。


「『アブラーマン』ですか。確かに見たことのない称号ですね」


 アブラーマン。剛三郎が見せて来た称号は☆7のなかなかレアな称号だった。


「この称号にはどんな効果が?」

「油の精製や操作を向上させる効果がありますなぁ」

「あ、油、ですか?」


 まったく意味が分からない、とサイゾウは頭の上に疑問符を浮かべながら剛三郎の顔を見る。


「我輩はですな、コックのジョブを取得しております。この世界の、ゲームの中の料理を食べてみたいと考え取得したのでございます」


 コック。それはその名の通りのジョブだ。このエデンズフォールの世界には数々の料理があり、その料理を食べるとステータスにバフがかかったり、様々な特殊効果を得ることができる。そして、そんな料理を作り料理の効果を上昇させることができるジョブがコックだ。


「この世界はゲームの世界であります。しかし、ちゃんと食事をすれば味を感じることができる。そこでふと、我輩は考えたのであります。料理以外にも味があるのか、と」


 このゲームには味覚が存在する。それは料理以外にも回復のポーションやその他の薬などにも味が設定されている。


「我輩はいろいろな物を試しました。そこで以前見たネットのコピペを思い出したのです」

「こ、コピペ?」

「はい。ガソリンの味を、知っているのか、という」


 こいつ大丈夫か? と今後の展開に気が付いたサイゾウは顔を引きつらせる。そして、予想通りの話が展開される。


「我輩は試してみました。現実では無理なので、ゲームの世界で確かめてみよう、と」

「それで、どうでしたか?」

「ありませんでした。ニオイは確かにガソリンでしたが、味までは設定されていなかったようですな」


 どうやら本当にガソリンを飲んだらしい。ゲームの中とは言っても正気の沙汰とは思えない。


「それ以外にも味がしないのかといろいろな油を飲んでみました。機械油にアロマオイル。植物性、動物性、石油由来の様々な油を飲んでみたのです」


 やはり、この人は変わっている。見た目も変わっているが、行動もどこかおかしい。


「油を飲み続けた我輩はその最中に『アブラーマン』の称号を獲得いたしました。そして、それと同時にスキル『油』を習得したのです」

「あ、油?」

「それはどんなスキルなのですか?」

「単純なスキルです。あらゆる油を作り出し操る、それだけのスキルでございます。ぶふふ」


 なんというかよくわからないスキルだ。しかし、なんだかいろいろと応用が利きそうなスキルである。


「以上が我輩のアブラーマン獲得の過程でございます」

 

 剛三郎は椅子に座ったまま深々と頭を下げる。その後頭部に向けてメフィストはぱちぱちと拍手を送った。


「素晴らしい、素晴らしいお話を聞かせていただきました」

「ご満足いただけて何よりです」

「満足なんてものじゃありません。大満足です」

 

 メフィストは本当に満足げな表情で剛三郎に布袋を渡す。


「これが報酬の100,000ギルダンです」

「ありがたく頂戴いたします。でゅふ」


 剛三郎はメフィストから布袋を受け取ると姿勢を正す。


「では次は、サイゾウさん。お願いします」

「は、はいっ」


 自分の番が来たサイゾウは慌てて立ち上がる。


「ああ、そんな畏まらなくても大丈夫ですよ。座ってください」

「は、はひ、すいません……」


 サイゾウは顔を赤くして椅子に座りなおす。


「ゆっくりでいいですよ。落ち着いたら話してください」

「は、はい。では、その、ゆっくりと……」


 サイゾウは一度深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。

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