第12話 相変わらず根暗丸出しだな

 その後も掃除クエストが続き、そのクエストをクリアすると掃除スキルのレベルが上がっていった。


「スキル『掃除』のレベルが5に上昇しました。スキル『掃除LV5』がスキル『掃除人』に進化しました」


 スキルの進化。レベルありのスキルはレベルを上げていくと上位のスキルに進化することがある。どうやらこの掃除のスキルは進化するスキルだったようで、掃除のスキルが掃除人というスキルに変化した。


 そして掃除人のスキルを取得すると同時に新たなジョブが解放された。


「ジョブ『掃除屋』が解放されました。掃除屋をジョブに設定しますか?」


 サイゾウはYESを選択。サイゾウのサブジョブに『掃除屋』がセットされ、新たなスキルを習得した。


「スキル『消毒』『浄化』『偽装』『暗視』『忍び足』『急所突き』『解体』を習得しました。ジョブ『庭師』ジョブ『掃除屋』を取得したことによりスキル『機械武器LV1』を習得しました」


 サイゾウは取得したスキルの内容を見てなんとなく察した。


「掃除って、そっち……?」


 どうやらこの掃除屋の掃除は普通の掃除ではなく邪魔な人間を消す方の掃除のようだった。


 それに『機械武器LV1』だ。これは一体何なのだろう。


 とりあえず取得したジョブやスキルのことをクエストクリアまで待っていてくれたメフィストと剛三郎に報告しておく。


「掃除屋ですか。また知らないジョブを」

「これから気に入らない人間がいたらサイゾウ殿に頼みますかな。おほほ」


 複雑な気分だった。もっと普通になりたいと思った。


 普通ならきっと今頃戦士や魔法使いなどのジョブを成長させて、剣や魔法で戦っていたかもしれない。しかしサイゾウが取得したジョブは弓兵と庭師と掃除屋。戦いに使用したのは殺虫のスキルという明らかに変な構成だ。


「しかも『機械武器』ですか。この世界にはガソリンがありますから、もしかしたらそれを燃料にして動く機械があるのかもしれませんな」

「庭師に掃除屋ならチェーンソーとかかな? 厳密にはガソリンとエンジンオイルの混合燃料だけど」

「エンジンオイルですか。機械油で代用は?」

「さあ? 油のスキルで合成してみればいいんじゃないかな?」

「確かに。やってみる価値はありますな」

「なんだか盛り上がってる……」


 ファンタジー世界にチェーンソー。世界観をぶち壊しているような気がするが、それでいいのだろうか。剛三郎とメフィストはそれで納得できるのだろうか。


 まあ、楽しんでいるところを見ると納得しているのだろう。


「いやいや、やっぱりサイゾウさんは面白いです。観察して正解でした」

「は、はは……。喜んでもらえて、よかったです」


 褒められている。褒められているのはわかるが、素直に喜べない。


「ではギルドに戻りましょうか。また面白いクエストが発生しているかもしれませんし」


 メフィストと剛三郎は上機嫌で、サイゾウは微妙な顔でギルドへと戻った。


 そして、ギルドへ向かう途中に再会してしまった。


「よう、雑草じゃねえか。まだやってたんだな」


 あいつがいた。サイゾウは体が硬直し思考が停止してしまった。


「れ、レイヴンくん……」


 目が合ったのはいかにも中学生が好きそうな姿をしたキャラクターだった。金髪に赤と青のオッドアイ、大きな剣を背中に背負った黒いロングコートのキャラクターである。


 その金髪オッドアイのキャラクターの名前はレイヴン。サイゾウのプレイヤーである草太朗をこのゲームに誘ったクラスメイトのキャラクターだ。ギルドへ戻る途中にサイゾウはレイヴンと再会してしまった。


「相変わらず根暗丸出しだな」

「サイゾウ殿、この方は?」

「ああん? なんだその汚ったねえオヤジは?」


 レイヴンは馬鹿にしたような表情で剛三郎を上から下まで眺めてから汚物でも見たかのように顔をしかめる。


「うげぇ、キッモ。おい雑草。もしかしてこいつお前の仲間か?」

「失礼ですよ、キミ。初対面の相手に向かって」

「ああん? なんだテメエ」


 剛三郎に突っかかるレイヴンの前にメフィストが立ちはだかる。


「テメエも雑草の仲間か?」

「先ほどから雑草雑草と言っていますが、どうして私たちの団の名前を?」

「団? おいもしかしてお前ら団組んだのか? 雑草と? はは、ウケる!」


 レイヴンはサイゾウたちを見てゲラゲラと笑いだす。


「汚ねえオヤジと一緒にか! 役立たずの雑草にはお似合いだな! ハハハハハ!!」


 レイヴンは三人を見て腹を抱えて笑い転げる。サイゾウはそんなレイヴンを見て悔しそうに唇を噛んでいたが、言葉を発することができなかった。


「どうせロクでもない団なんだろ?」

「何をするかは自由でしょう。あなたにどうこう言われる筋合いはありませんよ」

「ああん? 調子こいてんじゃねえぞ、ヒョロガリ」

「メフィストです。名前は表示されているのですが、文字が読めないのですか?」

「テメエ……」


 レイヴンとメフィストが互いの額がぶつかりそうな距離で睨み合い、一触即発の空気が漂う。


「メフィスト殿、町の中での争いはご法度ですぞ」

「わかってるよ。そもそもイベントでもなければ町中で戦闘はできない」


 剛三郎になだめられたメフィストはレイヴンと一旦距離を取る。


「逃げんのか?」

「逃げるも何も、あなたのような人間を私が相手にすると思いますか? どこにでもいるような珍しくもないありふれた面白くもなんともない吐いて捨てるほどいるただのチンピラ風情の相手を」

「メフィスト殿、煽ってはいけませんよ」

「サイゾウさん」

「は、はい」


 メフィストがサイゾウの方へと顔を向ける。その表情は明らかに怒っているようで、自分に向けられた怒りではないとわかっていてもサイゾウはびくっと背筋が震えた。


「害虫駆除を頼めますか? ゴキブリが出たようですので」

「テメエ! だれがごき」

「おい、何してるんだ」


 メフィストに殴りかかろうとするレイヴンに誰かが声をかけた。どうやらレイヴンの仲間のようだ。


「お前、今度問題を起こしたら退団させるって話しただろう」

「い、いやだなぁ。ちょっと知り合いとじゃれ合ってただけですよ」


 レイヴンは声をかけて来た仲間にヘラヘラと笑いかけペコペコと頭を下げる。


「お前も『炎竜の牙』の傘下に入ったんだ。ちゃんとしてもらわないと他の者たちに迷惑がかかる。そこをわかってるのか?」

「わ、わかってますよぉ。そ、そんじゃあな、ざ、じゃなくてサイゾウ」


 レイヴンは仲間に連れられてそそくさとサイゾウの前から去っていく。その背中を眺めながらサイゾウは拳を握ってブルブルと震えていた。


「サイゾウ殿」

「ごめん、なさい。ボクのせいで」

「何を言ってるんですか、あなたのせいじゃないですよ」

「でも、ボクの知り合いに」


 何もできなかった。本当なら自分が何とかしなくてはいけないのに、声を発することもできなかった。


「……あの方は雑草と言っていましたが。もしかして、サイゾウ殿のあだ名か何かでしょうか?」


 うつむいてこぶしを握るサイゾウは剛三郎の言葉にビクっと肩を震わせる。


「昔から、そう呼ばれてます……」

「なるほど、それでですか。申し訳ないことをしましたな」


 サイゾウはハッとして顔を上げる。


「雑草魂。サイゾウ殿にはあまり良い名前ではなかったようだ。気づいていればこのような名前にはしなかったのに」

「ち、違います。ボクが、ボクが嫌だって言えばよかっただけで」


 なんでこんなことになってしまったんだろう。なんで剛三郎さんが悲しい顔をしているんだろう。

 

 全部自分のせいだ、とサイゾウは思った。自分がしっかりしていれば、二人に迷惑をかけずに済んだのに。


「……二人とも、これから会いませんか?」


 重苦しい空気の中でサイゾウと剛三郎が沈黙していると、メフィストが突然そんなことを言い出した。


「ああ、実際に会うわけではくて、ビデオチャットで」

「でも、ボクは」

「気乗りしないかもしれないですけど、話せば楽になるかもしれませんよ」

「話は、ここでも」

「わかった。じゃあ、十分後に」

「え? あの、ボクの意見は」


 剛三郎はサイゾウの意見など聞かずに早々にログアウトしてしまう。


「ああ、剛三郎さんと私のアドレス送っておきますね。それじゃあ、十分後に」

「え、ちょっと、あの」


 メフィストも言いたいことだけ言って姿を消す。残されたサイゾウは突然のことに呆然としていた。


「あの、ボクの意見は……」


 サイゾウはしばらく呆然としていた。だが、突っ立っていてもどうしようもないので、サイゾウもログアウトしゲームの世界からリアルへと戻っていったのだった。

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