第23話
サイゾウは目を開けた。
「……ここ、どこだ?」
まだ頭が混乱している。そんな状況でもどうにかサイゾウは自分に何が起こったのかを確認していく。
「ボクは、たしか、あの化け物に、食べられて……」
蟲毒の大穴。その中にいた化け物。生命の悪魔と言う名のおぞましい怪物。その怪物に飲み込まれたことをサイゾウは思い出す。
「ということは、ここはあの怪物のお腹の中……?」
サイゾウは周囲を見渡す。しかし、光源がないので周りが全く見えない。
そんな真っ暗の中、視界にエフェクトがかかる。靄のような霧のようなエフェクトだ。
「これは、瘴気……!?」
大穴に入る前の森の中で見た瘴気のエフェクトと同じだった。それに気が付いたサイゾウはすぐさま浄化のスキルを発動した。
「よし、これでしばらくは大丈夫だ。でも、ここから一体、どうすれば……」
サイゾウは改めて周囲を見渡す。けれど全く何も見えない。ただし、自分の足元に浄化によるダメージエフェクトが現れているのは見えている。
「武器は……。あった。よかった、近くに落ちてて」
真っ暗の中サイゾウは手探りで足元を探り、近くに落ちていたチェーンソーを見つけて持ち上げた。確認すると故障はしておらず燃料もまだ残っている。
「ログアウトは……。できない。となると、これを倒すかしかないのか」
どうしよう、とサイゾウは考える。勝つにはどうしたらいいのかを。
勝つには。
「……なんで、ボク、今」
サイゾウは自分に驚く。今、悪魔に勝つ方法を考えていたからだ。
今までのサイゾウならすぐに諦めていただろう。勝てるわけがないと抵抗すらしなかったはずだ。
けれど、勝つ方法を考えている。
なぜ、どうして。
「楽しむ……」
さっさと負けてもいいはずだ。明らかに悪魔のほうがレベルが高いし、サイゾウが実力不足なのは自明の理である。
けれど、それじゃあ楽しくない。楽しくないとサイゾウは思ったのだ。
「は、ははは」
笑えてきた。なぜだかサイゾウは悪魔の体内で笑い始めた。
「……やってみよう。うん」
サイゾウは決めた。足掻いてみようと決めた。
できることをできるだけできる限りやる。
そして、楽しむ。
「まずはスキルの確認を」
諦めない。諦めたら楽しくない。
サイゾウは自分の力を確認する。
「暗視。暗い場所でも見えるスキル」
サイゾウは暗視のスキルを発動する。すると暗かったはずの周囲がはっきりと見えるようになる。
「……ここ、本当に悪魔の中なのかな?」
サイゾウは周囲を確認する。そこは悪魔の体内のはずなのだが、生物の中というよりは建物の中と言う雰囲気だった。
そして広すぎる。確かに悪魔は見上げるほどに巨大だったが、今サイゾウがいる空間は東京ドームで換算されるぐらいの広さがあった。
地面は平たん。コンクリートで塗り固められたように硬く平らだ。天井は暗視を使っても暗くて見えないほどに高い。
「ツボの中、みたいだ……」
サイゾウが周囲を見渡しての感想はそれだった。まるで巨大なツボの中にいるようなそんな感覚である。
周囲の確認を一通り終えたサイゾウは次にここから脱出する方法を考える。脱出に使えそうなスキルはないか、道具はないかを確認していく。
「固いな。床を掘るのは無理そうだ」
サイゾウは地面に触れてその硬さを確認する。次にサイゾウは壁の方へ行って壁を壊せないかを確認しようと後ろに振り向こうとした。
だが、サイゾウは振り向かなかった。その空間の真ん中に『ソレ』を見つけたからだ。
ソレは人の姿をしていた。背格好はサイゾウと同じぐらいで、その手には何かを持っていた。
「チェーン、ソー……」
ソレは黒い人間だった。全身真っ黒で手に持っているチェーンソーも真っ黒だ。
そう、それはチェーンソーを持っていた。サイゾウはそれですべてを察した。
「ボク、だな。あれは」
よくある展開。良くあるシチュエーション。謎の空間に閉じ込めれれて自分の分身と戦う。どうやら自分はそう言う状況に置かれているのだとサイゾウは鋭く察した。
「そうなると、あれを倒さないと、出られないってことか」
謎の空間にエンジン音が響く。黒いサイゾウがチェーンソーのエンジンを吹かせている。
サイゾウもチェーンソーを起動させる。燃料の残量を確認し、エンジンを回転させる。
自分との戦い。自分を倒す。これから、自分を殺す。
「……やるんだ、ボク」
サイゾウはチェーンソーを構える。そして、相手が動き出す前に一歩を踏み出した。
踏み出した。のだが。
「おわっ!?」
足をもつれさせて盛大にこけた。
「や、ヤバい!?」
サイゾウは慌てて起き上がる。やられる、と思ったからだ。
けれど、そんなことはなかった。黒いサイゾウもどうやら足をもつれさせて盛大に転げたようだ。
「……ボク、だな」
サイゾウは、サイゾウを動かしている草太朗と言う人間は運動が苦手だ。そのことで周りから馬鹿にされたこともある。
そして、その分身であるサイゾウも似たような物だった。ゲームの中ぐらいは縦横微塵に動き回りたいものだが、これはものすごくリアルなゲームである。
そう、ものすごくリアルなゲームなのだ。
「そこまで似せなくてもいいのに……」
サイゾウは情けなくなる。自分の分身である黒いサイゾウがこけて地面に倒れている姿を見て恥ずかしくなってくる。
「でも、これならイケるかもしれない」
起き上がったサイゾウは改めてチェーンソーを構える。目の前にいる敵が自分の分身であるならば、おそらく倒すのは簡単だ。
なぜなら自分だから。草むしり以外のレベルが1の最弱プレイヤーなのだから。
「やああああああああああああ!!!」
サイゾウはチェーンソーを振り上げて走り出す。それに合わせるように黒いサイゾウもこちらに走ってくる。
サイゾウはチェーンソーを振り下ろす。黒いサイゾウもチェーンソーを振り下ろす。
チェーンソーの回転する刃が激しい音を立ててぶつかり合う。火花が散り、反動で二人はのけ反って体勢を崩し後ろによろよろと後退する。
二人はチェーンソーを振り回す。その姿はなんとも情けなく、チェーンソーを振り回すというよりチェーンソーに振り回されているような姿だった。
「よ、よし。やっぱりボクだ」
サイゾウは黒いサイゾウの動きを観察する。緊張し焦ってはいるがそんな状態でも相手が見えている。
なぜなら相手が自分だから。弱く、情けなく、気の小さい自分なのだ。
だから安心できる。自分の貧弱さは自分が良く知っているのだ。
「これはゲーム、ここはゲームの世界。大丈夫、大丈夫、大丈夫」
この世界はゲームの世界。呼吸が乱れることはないし、肉体が疲労することもない。精神的に疲れるかもしれないが、体力を消耗することはない。
サイゾウは集中する。黒い自分に集中する。
集中する。集中すればするほど自分の情けなさを痛いほど感じる。
戦いが進むうちにだんだんとサイゾウのほうが優勢になってくる。どうやらこの黒いサイゾウはサイゾウの過去の行動から攻撃パターンを組んでいるようで、それを見極めることができてのだ。
いや、見極める必要もなかった。なぜならサイゾウは弱いのだ。
サイゾウは戦いの中で成長していた。ステータスは成長していないがサイゾウはプレイヤーとして成長し始めていた。
「燃料が、切れる前に……!」
チェーンソーの燃料の残りを確認しながらサイゾウはチェーンソーを振り回す。その動きは最初の頃とは見違えるほど鋭くなり、サイゾウは戦いの中で確実に強くなっていた。
そして、ついにその時が来た。
捉えた。相手の首を。
サイゾウはチェーンソーのエンジンを吹かせ刃を回転させる。その刃が黒いサイゾウの首を両断し、その首が遠くへと弾き飛ばされた。
地面に転がる自分の首。首を失いゆっくりと地面に倒れこむ体。サイゾウはそんな自分に目を向ける。目をそらさず顔をそらさず、サイゾウは自分の分身の無残な姿を真正面から見据えていた。
「……勝った」
勝った。サイゾウは自分の分身に打ち勝った。
サイゾウは自分の手を見る。しばらく右手のひらを見つめ、それからグッと拳を握った。
「……やった。ボクは、やったんだ」
ボスに勝った。相手は自分だったが、超越者とは名ばかりの最弱プレイヤーの分身だったが、それでも倒したのだ。サイゾウはその達成感を感じながら静かに目を閉じた。
目を閉じてしまった。
「がはっ!?」
サイゾウは目を開ける。何が起こったのかを確かめる。
サイゾウは吹き飛ばされた。何かが腹を蹴り、蹴られた勢いのまま吹き飛ばされ地面に転がった。おそらく目を開けていたら避けられただろう。
油断した。まだ終わっていなかったのだ。
そう、終わっていなかった。
「ま、まぶしい。暗視を……」
サイゾウは暗視のスキルを停止させる。そして、改めて何が起こったのかを確かめる。
赤い月が昇っていた。暗く広いその空間を赤い月が真っ赤に照らしていた。
その光の下に、いた。首のない自分が立っていた。
「そんな、倒した、はず」
黒いサイゾウの首が生えてくる。黒いサイゾウは元に戻り、真っ白な歯をむき出してニンマリと満面の笑みを浮かべた。
第二ラウンド。サイゾウはチェーンソーを構えて復活した黒い自分の攻撃に備え攻撃態勢を取った。
だが、今度はそう簡単にはいかなかった。
「は、はやっ!?」
動きが違った。黒いサイゾウの動きが先ほどまでとはまるで違った。
そう、それは姿だけはサイゾウによく似ていた。けれど、その中身は全く別物だった。
黒いサイゾウの拳がサイゾウの顔面を捉える。ダメージは微々たるものだが、ノックバック効果で派手に吹き飛ばされ、サイゾウは背中から壁に叩きつけられた。
「……はは、勝てない、かな」
悟った。サイゾウは理解した。先ほどまでは遊びだったのだと。
それでもサイゾウは勝ちを模索しようと思考を巡らす。しかし、どう考えても勝てる見込みがない。
チェーンソーの燃料はほとんど尽きていた。チェーンソー以外の武器もあるが、これ以外でダメージを与えられるかはわからない。
それでもやるしかない。戦うしかない。勝てなくても。
「……諦めたら、楽しくない、よね」
そう、楽しくない。ここで諦めてしまえば、諦めたという事実だけが残ってしまう。
それは嫌だった。諦めたくなかった。
けれど。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
サイゾウはチェーンソーを振り上げ、こちらへ突進してくる黒いサイゾウに叩きつける。
その刃が黒いサイゾウの肩を捉える。だが、チェーンソーの刃は黒いサイゾウに食い込むことはなく、ガリガリという音を立てて空転するだけだった。
「ね、燃料が……!」
エンジンが止まる。燃料が切れた。燃料が切れてしまうとチェーンソーは武器として機能しなくなる。
終わり。終わった。とサイゾウは感じた。
「がんばった、よね」
黒いサイゾウの拳が目の前に迫る。もしかしたらこの一撃で死ぬかもしれない。
サイゾウの脳裏にいろいろなものが蘇ってくる。過去の、今までの記憶が走馬灯のように思い返される。
「おい、雑草」
サイゾウはハッとして目を開ける。どうやらいつの間にか目を閉じていたようだ。
そして、掴んでいたようだ。黒いサイゾウの拳を両手で掴んでいた。
「……雑草」
雑草。それはサイゾウの現実でのあだ名だ。いい思い出のない、自分を馬鹿にして見下してあざ笑う名前だ。
なぜそれを今思い出したのか。なぜそれが脳裏に浮かんだのか。
わからない。わからないけれど、なにか。
「……そうだ。ボクは雑草だ」
雑賀草太朗。雑草。何の役にも立たない邪魔なだけのただの草。
「お前は、ボクだ」
目の前にいる黒い自分。サイゾウと言う草太朗の分身を模して造られた分身の分身。
「だから、お前も」
サイゾウは黒い自分の腕を強く握る。そして、その肉をむしり取った。
「お前も、雑草だ!」
毟った。毟り取った。
「スキル『草むしりLV100』を発動します」
サイゾウの一方的な蹂躙が始まった。
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