第27話
運営管理用サポートAIイクサが凍結された。これは運営管理者アルファの判断だった。
理由はアルファがある考えに至ったからだ。
エデンズフォールの開発と運営のために生み出された人工知能イクサ。それはデルタが作成したものだった。イクサは彼女が作り、彼女が人格を与えた人工知能だ。
イクサの名前の由来をアルファは知らない。他の運営管理者たちも知らないだろう。
ただ想像はつく。おそらくデルタの本名である伊草涼子の伊草からきているのだろう。
伊草とイクサ。それにXという文字を当てはめて『
しかし、本当にそれだけだろうか。デルタは、伊草涼子は何かを隠しているのではないか。
アルファはデルタとの会話を、伊草涼子が語っていた言葉を思い返しながら思考を巡らす。
彼女は言っていた。人の心を模倣するのは簡単だ。様々なデータを収集し、そこから『人間らしい反応』を学習してその通りに返事をすればいい。AIの学習能力は人間の比ではなく、まるで心を持っているような反応を返すようになるまでそう時間はかからない。
だがそれではダメなのだ。ゲームの運営、特にMMORPGという多くの人間が一度にプレイするゲームでは人間のマネでは対処できない。
本当に心を持っていなくては適切なサービスを提供できない。心を持っていなくても限りなく人間に近い心を模したプログラムがなければ快適なゲーム環境を提供することはできない。
と伊草涼子は言っていた。そして、彼女は誰もが満足できる快適なゲーム環境を提供するためのAIを作り出した。それがイクサだ。
人の心持った人工知能。さて、ではその心はどこから来たのか。
AIの学習能力は人よりはるかに優れている。だが、肉体を持っていないAIが生身の人間を完璧に理解することは難しいだろう。
アルファは考えた。もしかしたら伊草涼子はイクサに『誰か』の心を移植したのではないかと。
では、それは誰か。おそらくは全くの他人ではない。
心とは脳の機能の一部である。心がどこに宿るかという問題は、魂がどこにあるのかという問題に近い気もするがそうではない。
心は脳にある。心は肉体と言うセンサー群を通じて外部から得た情報を処理するためのプログラムのひとつだ。
もし心を完璧に模倣しようとすれば脳を解析する必要があるだろう。事実、伊草涼子はAI開発のスペシャリストであると同時に脳科学の専門家でもあり、いくつかの論文も発表している研究者でもあるのだ。
おそらく伊草涼子はAIに搭載する心、人格プログラムを開発るために誰かの脳を解析したはずだ。遺伝子情報を調べ、脳波を測定し、MRIやCTスキャンなども行っただろう。加えて大量の会話情報、他者と交わしたメールやメッセージアプリのデータも使用したはずだ。
ではその情報をどこから手に入れたのか。無関係な他人からそのような情報を入手できるとは思えない。となると伊草涼子とかなり近しい人物の人格情報を基にしたと考えられる。
つまりイクサに搭載されている人格プログラムは伊草涼子に近しい人物、もしくは伊草涼子本人の情報を元に作成されている可能性が高い。
アルファが考えるにおそらくイクサには伊草涼子の人格が搭載されている。だから彼女はあっさりとゲームの運営から身を引いたのだ。
もう一人の自分がゲームに関わっているのだから自分は必要ない、とでも考えたのだろう。
さて、そうなるとイクサを使用し続けるのはかなり危険といえる。なにせ搭載されている人格プログラムの元になっているのは伊草涼子なのだから。優秀だがかなり性格に問題のある人間の人格が搭載されているのだから。
伊草涼子はとても優秀だった。エデンズフォールだけでなく他のいくつかのゲームアプリの開発にも携わり、サポートAIを開発し、アルファたち数人で立ち上げたゲーム開発会社でも重要な役割を果たした。エデンズフォールの開発から運営まで自分たちで行いたいと言うアルファの願いを叶えるため尽力してくれた。
エデンズフォールのような大規模なMMORPGの運営を数人で行えるのも彼女が開発したAIが優秀だったからだ。彼女のおかげでエデンズフォールの開発から運営までスムーズに行えた。
だからといって勝手は許されない。今回の事件は完全にエデンズフォールを私物化していると言っていい。彼女も深く関わっているがゲームは彼女だけのものではないのだ。
しかし、損害がほとんど出ていないのも事実。表向きは問題なくゲームは稼働しており、迷惑を被ったのはほとんどアルファたち運営管理者だけである。彼らの体力と精神が削られただけで、それ以外は全く問題は起きていない。
それに彼女は今回の責任を取って辞職した。問題を起こした人物はいなくなった。
彼女が開発したイクサも停止させた。代わりに別のサポートAIを導入しそれで対応することにした。
ただやはりイクサの性能には及ばない。限りなく人間に近い心を持った人工知能。イクサはただのAIではなく運営管理者の一人だった。
つまり一気に二人も運営に関わる人間がいなくなってしまったことになる。しかもかなり重要な人物がだ。
人員補充は急務だ。それまではアルファを含む四人とそれぞれに与えられたサポートAI達でどうにかしなくてはならない。
少しずつ残業が増えていった。リモートで業務を行っているため満員電車に揺られてふらふらになりながら出社すると言うことはないが、それでも作業量が増えれば疲労も重なっていく。
アルファは栄養剤を片手に作業を進めていく。ゲームの世界が滞りなく進んでいくように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます