第10話

 翌朝。いつもは自分で起きるはずだが、今日ばかりは夜眠れず深く寝入っていたようだ。リーサに起こされて、目が覚める。

「おはようございます……すみません、起きられなくて」

「いいえ、お気になさらず。本当はいつも、私が起こすまで寝ていてほしいくらいですよ」

 リーサがそう言いながら、カーテンを開ける。部屋中に朝日が差し込み、まぶしさにカミラは目を細めた。

「今日は、カミラ様にプレゼントが届いています」

「プレゼント?」

「イェシカ嬢から、新しい靴の贈り物です」

 リーサが手に持ってみせたのは、レザーとレース、サテンのリボンで繊細に仕上げられたオフホワイトのヒール。かかとにつけられた大ぶりのリボンが、カミラの心をくすぐった。

「ぜひこれで、夕食会に来てくださいとのことでした」

「わぁ、嬉しい。とっても可愛いです」

 沈んでいた気持ちが、晴れる気がする。カミラはそのヒールを胸に抱いて、まじまじと見つめた。イェシカの心遣いを感じて、思わず笑みがこぼれる。

「ですから、今日のドレスもそれに似合うものを選んできました。これなんかどうですか」

 リースが見せてくれたのは、ヒールとおそろいのオフホワイトのドレス。腰回りにサテンのビビットピンクのリボンが巻かれていて、全体の印象を引き締めている。

「素敵です、ありがとうございます」

「夕食会の前には、このお召し物に着替えましょうね」


 その日は講師に一通りの礼儀作法をおさらいしてもらったあと、夕方になるとリーサとともにリネアの間へと向かう。

「さすがにちょっと遠いですね」

「そうですね」

 今日履いたばかりのヒールのかかとが痛む。レザー部分が固く、レースがざらついて皮膚を刺激していた。しかしリーサに心配かけまいと、カミラは気丈に振る舞う。

(広いお城は、それだけで大変だな……)

 ここを手入れしたり、掃除をしたりすることを思うと、廊下で見かけるたくさんのメイドがいるのもうなずける。

「ここには、いくつお部屋があるんですか?」

「そうですね、大小含めると400以上になります」

「すごい……」

「敷地の中にもいくつも分棟がありますし、海外からのお客様も多いので増築につぐ増築で、いつのまにかこれほどになってしまいましたね」

「確かに、シントレアほど大きな国だと、そうなりますよね」

 二人は会話しながら進むんでいく。カミラのかかとには、すでに血が滲んでいた。


 ようやく到着し、ドアの前に立っている使いの者から中に用件を伝えてもらった。すると、両扉が開き、中からイェシカたちの声がした。

「カミラさん! 来てくれたのですわね、嬉しい」

「こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます。とっても嬉しいです」

 テーブルにはたくさんの豪勢な食事が用意されていた。いい香りも漂ってくる。

(こんなに準備してくださったなんて……後日何か贈らなくちゃ)

「さっそく夕食会に移りましょう。さぁ、カミラさん、座ってください」

「はい」

 カミラとイェシカが向かい合わせになって席に座る。

「今日はシェフに頼んで、特別なメニューを作ってもらいましたの。お口に合うといいけれど」

「こんなに豪華なお料理、私食べたことがないです」

 エミリスワンでも記念日や誕生日には、豪華な食事を用意してもらったと思う。しかし品数はその倍以上あるように見えた。

(シントレアの貴族の方って、とってもお金持ちなのかも……)

 イェシカはカミラに顔を近づけ、ささやくように言う。

「メニューを紹介しますわ。こちらが前菜、かぶとベーコンのマスタード和え。こちらは玉ねぎのグラッセですわ」

「とても美味しそうです……!」

 カミラが顔をほころばせながらそう言うと、イェシカは口元を手で隠しながら笑った。

「本当に知らないのね」

「え?」

「いいえ、なんでもありませんわ。どうぞ召し上がれ」

「はい! いただきます」

 イェシカはカミラが食べるのを嬉しそうに見ている。カミラは自分の礼儀作法に間違いはないか、緊張しながら料理を口に運んだ。

「食べましたわね」

「美味しいです……! かぶとマスタードって合うんですね。玉ねぎのグラッセも本当に美味しい──」

 そこまで言ったところで、リネアの間の扉が開く。

「ヴィンセント様!?」

 そこに現れたのは、ヴィンセントだった。カミラも驚いたが、それ以上にイェシカは立ち上がって驚いている。

「どうされたのですか? なぜここに……」

 カミラはヴィンセントに駆け寄り、声をかけた。

(お二人、知り合いだったんだ……)

 昨日のことで少し気まずいカミラは、二人の様子を座りながらただぼうっと見ていた。

「婚約者がこの昼食会に参加すると聞いたから来た」

「えっ……」

 確かに昨日、この夕食会の話をヴィンセントにはしたが、参加するとまでは聞いていない。

「この会は、私とカミラさんの仲を深めるための会で──」

「俺の席はあるか? 参加させてもらう」

「いいえ、ありません。お帰りください」

 なぜかはっきりと断るイェシカの様子を不思議に思っていると、ヴィンセントが黙ってカミラの横まで来て、テーブルの料理を眺めた。思わずカミラも立ち上がる。

「あの……ヴィンセントさん? 来るなんて聞いていないんですけど……」

「かぶに玉ねぎか……やはりな」

「かぶに玉ねぎ……!?」

 ヴィンセントの言葉に、リーサが驚きの声をあげた。それはほとんど悲鳴に近く、カミラはなぜリーサがそれほどうろたえているのかわからない。

「え……? あの……」

 料理を一瞥したヴィンセントが鋭い眼光でイェシカを睨む。

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