第15話
数日後。
「失礼を承知で申し上げますが、カミラ様にはダンスのセンスがございませんね」
「はい……すみません……」
女性のダンス講師が、大きなため息をつく。ここ数日みっちり時間を取って練習しているが、雪国では履くことがあまりなかったヒールで細かいステップを踏むのが、どうしてもうまくいかない。
「お尻をキュッと引き締めて、背筋を伸ばしてください。天井から頭を糸で引っ張られるお人形のように……」
「こう、ですか……?」
「もう少し顎を引く」
「はい……!」
ヒールで立つ足がぷるぷると震える。ダンスをするというのに細いピンヒールで、高さもある。
(こんなので私、本番できるのかな……?)
たかが数日、されど数日。まったく上達の兆しが見えないことに、カミラは少し焦りを感じていた。
「では私がエスコート役をやりますから、カミラ様は私のリードにあわせてくださいね。基本のステップからいきますよ」
講師と向かい合い、手を取り合ってステップを踏む。どうしてもまだ慣れずに、足元を見てしまうカミラに、講師は「私の顔を見てください」と叱咤を飛ばした。
「あなた、本当にダンスをしたことがないのね」
休憩時間、カミラが床に座り込んでいると、練習を見に来ていたイェシカが声をかけてきた。
「はい、まったくの異文化です……」
「そんな人がいるなんて思わなかったわ。ダンスを見たこともないの?」
「そう言われたら……ないですね」
「なら、まだあなたの中で完成図が見えてないのね。私がお手本を見せて差し上げますわ」
イェシカは講師にすぐさま話をつけて、フロアに立つ。講師とイェシカが向かい合っただけで、一対の美しい人形のように見えた。
ゆっくりと講師のリードでイェシカが踏み出す。まるで氷の上を踊るように、ほとんど足音すらしない。しかし流れは連続していてよどみがない。
(すごい……これが本当のダンス……?)
息が合う、というのはこれを指すのだと思った。カミラは息をするのも忘れてダンスを見つめる。
二人は足元など見ず互いにアイコンタクトを取りながら、音楽に乗り華麗に舞う。基本のステップも、それだけ踏めば味気ないが、ダンスに組み込まれているのを見ると上品に見える。
曲が終わり、イェシカが一礼をしてダンスを終える。
「さすがでした、オーストレーム嬢」
「こちらこそ、楽しかったですわ」
講師に挨拶をして、イェシカはにこやかにこちらに向かってくる。
「どうでした? 久しぶりで少し緊張してしまいましたわ」
「すごかったです。なんか、本当に蝶のようというか……見惚れてしまいました」
「見惚れている場合ではありませんわ、あなたはあれを1ヶ月後までにやり終えなくてはいけないのですよ。しかも、司会進行役まで」
「そ、そうですよね……とにかく今は、頑張るしかありません! ちなみに……司会進行役っていうのは、何をするんですか……?」
「そんなことも知らずに頑張ると言っていたのですか? まったくもう……。司会進行役は、各デビュタントとそのエスコートの来歴を紹介するのです。それぞれの血筋や、将来のことを読み上げて、我が国では司会進行役からその二人に一言添えるのが慣習になっているのです。だから、これからそれぞれのデビュタントとエスコートについても勉強しなくてはならないのよ」
「それは……大変ですね……?」
思わぬ大役に、カミラは固まる。ダンスの上に、デビュタントのリストを上から一人ずつ勉強していくなんて、想像していたよりはるかに重い。
「もう、しっかりなさい。ヴィンセント様にエスコートしてもらうのでしょう? はしたないところを見せたら、許しませんよ」
イェシカの言葉に、カミラの心も引き締まる。
「そうですよね、私が失敗したらヴィンセントさんにも恥をかかせてしまうし……今日から、そのデビュタントの方たちの勉強もします。イェシカさん、ありがとうございます。休んでいる暇なんてありませんね!」
カミラはすぐに立ち上がり、講師のもとへ駆け寄った。そのかかとには、血で滲んだ包帯が巻かれていた。
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