第5話
暖かいベッドで眠り、翌朝。カミラは窓から差し込んでくる柔らかな日差しで目を覚ました。
(そうだ、私は昨日……)
昨日のことを思い出し、場違いな場所にいる気がしてくる。
(夢じゃなかった……)
コンコン、とドアがノックされる。
「はい!」
カミラはほとんど反射的に声を上げた。そして慌ててベッドから飛び起きる。
すると3人のメイドが部屋に入ってくる。エミリスワンではほとんどメイドの力を借りなかったカミラは、3人も部屋に入ってきたことに驚いた。
「カミラ様に本日からお使えさせていただきます、メイドでございます。左から、アンナ、エッラ、リーサでございます。主にカミラ様の身の回りのお手伝いは私リーサが承りますので、なんなりとお申し付けください」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
カミラは深くお辞儀をした。その様子にリーサが慌てる。
「頭をお上げください。ヴィンセント様の婚約者様が、私達にそのようなことをされる必要はないのです。あくまでメイドですから」
「でも……」
「とりあえず、朝のお支度をしましょう。その格好は、カミラ様にはふさわしくありませんわ」
牢屋に入れられたときの麻のワンピースで昨日はベッドに入ったのだった。勝手知らぬ場所で、着替えられるほどカミラに度胸はなかった。
リーサに言われるまま風呂に入り、ドレスに着替える。今まで荷台で揺られ、牢屋に入っていたときから、天地の差のある待遇に不安を覚えつつも、リーサに言われて鏡の前に座った。
「今日はヴィンセント様にお会いして婚約のお話をしますから、それなりの格好をさせるようにと言われております」
「あ……そう、ですよね」
昨日の晩、婚約について明日詳しいことを話すと言っていたのを思い出す。
「本日のお召し物を見てください。このドレスは東の国から仕入れたとっておきの絹のレースで作ってあります。そして首につけた赤いダイアの宝石は、この国のシンボルカラーなのです。髪にもとっておきの赤のリボンを付けて……」
リーサの話を聞いているうちに、カミラの目頭が熱くなる。
ここに来て、未だに自分がシントレアの捕虜になったという自覚は少なかった。それが、今こうして自国エミリスワンではなく、シントレアのものを身に付けている。しかも自分は、どうやらシントレアに嫁ぐらしい。本当に、エミリスワンの者ではなくなるのだ。
「カミラ様?」
「……ごめんなさい、ちょっとの間、喋れないかもしれません。でも、説明は聞いていますから」
その言葉で、リーサは何かを察したらしかった。
「ええ。大丈夫です。私は少し、席を外しますね」
リーサは衝立で囲われた化粧台の前から姿を消した。
(お父様……私、エミリスワンの者ではなくなります。国民の皆さんと、どうか幸せであり続けてください)
うつむきながら涙をこぼしていたカミラに、かさりと何かの音がした。
リーサが持ってきたのは、父からの手紙であった。手を伸ばし、その手紙を開く。
カミラへ
遠い異国の地へ行き、不安であることは間違いないだろう。
私がそばにいてやれないことを、悔やんでも悔やみきれないでいる。
どうか、元気でやっていてほしい。
この手紙は、そちらの第二王子殿に預けたものだ。
娘に伝えたいことはあるかと言われ、したためている。
存外、シントレアの方々は悪い人ではないようだ。
もうすでに聞いたかわからないが、お前の処遇は第二王子殿にすべて任せている。
本当かはわからないが、最も良い待遇でもてなしてくれると約束してくれた。
部下の手前、城へは捕虜として連れて行くが、それからは良くしてくれるという。
どうか、それが本当であってほしいと願っている。
最後に。
カミラ、私はお前を世界で一番愛しているよ。
亡くなった母さんにも、お前を大事に育てると約束した。
それなのに、他国へ行かせた私を、恨んでくれてもいい。
だが、どうか幸せであってくれ。
エミリスワンや私のことを、忘れてくれてもいい。
新天地で、どうか幸せになれるよう、心から祈っている。
父より
読むだけで、涙があふれてくる。
(お父様……)
そして同時に思い知る。ヴィンセントが自分に婚約を申し込んできた意味を。
(最も良い待遇でもてなすために、婚約をするということだったの……)
やっとヴィンセントの真意を知る。
(だったら、私が後ろ向きでいちゃだめだ。お父様の言う通り、幸せにならなきゃ)
「すみません、リーサさん。もう大丈夫です」
涙を拭いて、外にいるだろうリーサに声を掛ける。
「では、可愛らしい髪型にしていきましょう」
リーサが優しくほほえみ、カミラの背後に回る。カミラは鏡越しにリーサへ笑顔を向け、もう自分は大丈夫だと伝えた。
「これ、カミラ様のお父様が贈ってくださったリボンです。これを今日はつけましょうね」
リーサの手にあるのは白いサテンのリボン。エミリスワンはいつも雪に覆われていることもあり、自国で使うものの多くを白で統一していた。
「ヴィンセント様が、これをつけたカミラ様を見たいとおっしゃっていましたよ」
(ヴィンセント様……もしかして私がこのリボンをつけるのを遠慮しないよう、言ってくださったのかな)
そう思うと、昨日見たヴィンセントの姿が思い出される。切れ長のアーモンドアイに、黒く艶のある髪、薄い唇と通った鼻筋が印象的だった。
(ヴィンセント様だって、好きで婚約するわけではない。ただ私の処遇をよくするためだけに動いてくださったのだから、婚約することに悲観的にならないようにしよう)
カミラはもう一度鏡を見た。次は、なるべく笑顔で。リーサが編み込んでくれたリボンは、カミラの薄茶色の髪にうまく絡んで美しく見えた。
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