第35話


隣で眠りについたカミラを見て、ヴィンセントは静かに息をついた。

 今回の南征、前々から決まっていたことでもあるし、ここで成果を上げることで父や兄を牽制する意味もあった。だから、決して南征に行きたくないわけではない。

 しかし、それと同時にカミラを一人にして置いていかなければならないというのがどうも心苦しい。

(このためにできることは尽くしたつもりだが……)

 今回、旅程には余裕を持っておいたが、万が一に備えてできる手は打ったはずだった。

 ヴィンセントの予定は数日間の隣国への研修旅行という名目で留守にすると周知していたし、周りの者にも口止めはした。

 しかし国王は帰国して、その日の夜になぜか直接ヴィンセントの部屋を訪れたらしい。そんなことはこれまでにもなく、まして第二王子であるヴィンセントになど微塵も興味を示さなかった彼がそのような行動に出ることはなかった。

(今回の外遊と、何か関係があったに違いない)

 そのときヴィンセントにどのような用があったのかは結局聞かされないまま、謁見の間で激昂した父に会った。そこで怒髪天をつく勢いで怒鳴りながら、南征を命令してきた。あれ程取り乱したところは、これまで見たことがない。

(外遊で何があったのか、本当は知りたかったが……)

 隣で眠るカミラの頬をつつ、と指先で撫でる。今は早く手柄をあげて、早く帰国することだけを考えたい。

 さっきまでのカミラとの口付けの感触が、まだどこか残っているような気がする。本当であれば、あのまま彼女を愛し抜きたかった。しかし、いまのヴィンセントには自分よりも大切なものがある。それを、自分の性急な思いで壊したくはなかった。

(半年で……父を満足させる成果をあげる)

 ヴィンセントはそう心に決め、カミラに口付けを落としてから目を閉じた。

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