第36話

 翌朝。まだ陽ものぼり切っていない薄暗い中、ヴィンセント率いる第三から第十一までの騎士団たちが南征のために列をなしていた。

(こんなに、たくさんの人がいたんだ……)

 普段は騎士団の様子を見ることもないため、カミラはその人数の多さに驚いた。馬たちも訓練されているようで、各騎士団員の隣に大人しくついている。

 ヴィンセントの手の動きを見てきちりと足並みをそろえた騎士団の動きに、カミラは内心で驚いた。エミリスワンでは騎士団の数はこんなにいないし、動きは揃わない。しいていえば大砲の手入れをしているときくらいがそれらしく見えるばかりで、それ以外は武器と装備があるくらいで散歩している人と大差なかったのだ。

 しかし今は、それがどれだけ恵まれていたことかわかる。

「カミラ」

 名前を呼ばれて顔を上げると、ヴィンセントがいつのまにか隣まで歩いてきていた。

「ヴィンセントさん……」

「そろそろ発つ。何か心配事はないか?」

 ヴィンセントが見慣れない軍服姿だからなのか、この状況がそうさせているのか、昨日よりもずっと遠くの人のように思える。

「……はい。何も心配はありません。大丈夫です」

 カミラは笑顔を作り、ヴィンセントに向けた。しかしそれを見たヴィンセントは困ったように眉を寄せて笑う。

「あなたは正直者なんだ。嘘はつけない」

 ヴィンセントがそう言ってカミラの頬を撫でる。一瞬にして頬が熱くなる。すべてを見透かされた恥ずかしさと同時に、気づいてくれたことの嬉しさも心の隙間を埋める。

「……手紙を送る。待っていてくれ」

 ヴィンセントは、団員たちの方に一瞬視線をよこした。それを見て、カミラもここが団員たちの目の前であったことを瞬時に忘れ去っていた自分に気づく。

「あ、……はい。お待ちしております。私からも、送りますね」

「ああ」

 それだけ言ってコートを翻し、馬に乗る。すぐさま手で他の団員たちも指揮し、門をくぐっていった。その背中を見送りながら、カミラは心のなかでどうか無事に帰ってきて、と祈る。祈りがどうか届くようにと思いを込めていると、横から声がかかった。

「カミラ嬢、戻りましょう。そろそろ日が昇ります」

 アスルの冷静な声で現実に引き戻される。

 今回の見送りも、実際国王陛下に懇願したとてできないと拒まれたことだろう。それを、夜明け前の暗闇に乗じているだけ。関係者以外の目につかないうちに部屋に戻ったほうがいいのは確実だった。カミラはアルスの言葉に頷いて歩き出す。

「カミラ嬢。あなたに謝らなければならないことがあります」

「えっ? 謝らなければならないこと……ですか?」

「昨日……そのつもりはなかったのですが、あなたがいるせいで戦地に赴けないと、言ったようなものだと、あとから思い返して気が付きました」

「そ、れは……」

 確かに昨日、アルスが「あの人を護れない」と言ったとき、アルスがヴィンセントと一緒に戦地へ向かいたかったのだろうことは読み取れた。しかしカミラは、むしろ自分のせいでヴィンセントたちに帯同できなかったアルスに謝りたい気分だった。カミラにはわからない、アルスとヴィンセントだけの絆がある。

 しかも、ただでさえ親子関係でぎくしゃくしている中、命を張ってでも守りたいと思ってくれる、しかも実際に物理的に守ることができる存在は、誰よりも心強いだろうと思う。カミラは自分が彼を愛していることとはまた違う角度から、愛情を手向けてくれているアルスに対して強い信頼感を抱いていた。

 そして、昨日から考えていたことを打ち明けるいい機会だとも思った。

「……その、確かに私がいなければ、アルスさんはヴィンセントさんと一緒に帯同して、ヴィンセントさんを守ろうとしてくださったと思います。そう思ってしまったのは確かですけど……」

「……」

 アルスはカミラにそう思わせたことを悔いているのだろう。一瞬唇を噛んだ。

「ヴィンセントさんがアルスさんを置いていったってことは、私の身の安全が確保できない状態だって、思ったからですよね?」

「……はい。今の陛下は何を言い出すかわからない節があります」

「だったら逆に、それを利用できませんか? 国王陛下が今回、国外に出た理由……それ次第で、私にできることがあります」

 カミラのその言葉に、アルスが息を呑んだのがわかった。カミラは続けて口を開く。

「私、思い出したんです。この国に来て、ヴィンセントさんと婚約する旨を国王陛下とお兄様にお話したとき、ヴィンセントさんは南征を必ず成功させるって、お二人に言っていました」

それに、昨日ヴィンセントは南征から逃げるつもりはなかったとリーサから聞いて、信じようと思ったのだ。口数の多くないヴィンセントは、きっとカミラにはまだ言わないでおこうと心に留めているものがあるに違いない。その一つが、この南征に関することだと思ったのだ。

「それに、国王陛下はもし南征から無事に帰ったら、ウォルトレスとの軍事交渉を任せる、とも……」

「それは本当ですか?」

「はい。確かにおっしゃいました。だから、ヴィンセントさんなりに何か考えがあるんじゃないかなって……」

 カミラの言葉を聞いて、アルスは深く考え込んでいた。

(わからないけど、きっとヴィンセントさんは私のことをあんまり巻き込みたくなかったんだと思う。でも、いつまでもただ守られてるだけじゃ、嫌だ)

 ヴィンセントと一緒に生きていく上で、彼の身に降りかかるあらゆる困難からは逃れられない。ただ怯えて守られるだけでなく、自分もヴィンセントを支え、ともに困難を乗り越える伴侶でありたいと思う。

「……ある考えが浮かびました。少し時間をください。すぐに調べられると思うので、昼過ぎに部屋へ伺います」

「わかりました」

 二人はそう約束して、カミラの部屋へと戻るのだった。

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