第34話


「今日は、あなたのそばで眠ってもいいだろうか」

「えっ……?」

 (そ、れは……)

 いくら恋愛初心者のカミラでも、男女が同じベッドに入ったら起こりうるこの先のことも、わかっている。

「嫌か?」

「い、いえ、嫌ではないです。私も、ヴィンセントさんと一緒にいたい、ので……」

 どう言葉を制御して良いかわからず、カミラは片言になってしまった。その様子を見てヴィンセントがふと笑う。

「……あなたは可愛いな。大丈夫だ、きちんと結婚するまで手出しはしない」

「えっ……!」

(み、見透かされてる……!)

 カミラは自分の頬から耳にかけて、かっと熱を持ったのがわかる。そしてまた、ヴィンセントに真っ赤な顔を見られているのだろうと思うと恥ずかしくて、すぐさま両手で顔を覆った。

「す、すみません、変なことを、考えてしまいました……」

 顔から火が出るというのを実感しているカミラに、ヴィンセントが再び優しく口づけてくる。

「ん……っ」

 ヴィンセントがカミラの髪を撫で、こちらを見下ろすまぶたには艶が宿る。鼓動が大き「あなたを見ていると、たまらなく触れたくなってしまう」

 ヴィンセントの手が髪から頬に移り、親指が唇を辿る。カミラはその手に自分の手を重ねた。

「……わかります。私も、ヴィンセントさんのこと、たくさん触りたくなっちゃうから」

 カミラは自分の気持ちの赴くまま、少し背伸びをしてヴィンセントに自ら口づけた。自分からのキスはどこか拙くて、力の入ったものだったように感じてしまう。

(今の、下手すぎた……)

 あまりにも不慣れなのが恥ずかしくなりヴィンセントを見上げると、虚を突かれたような表情のヴィンセントと目があった。

「……」

「……す、すみません、慣れてなくて……」

「いや……」

 ヴィンセントは少し目を泳がせてから、一つ大きなため息をついた。

「あなたが正直者なのは知っていたが……危険だな。これは」

「えっ──」

 どういう意味かと問うよりも先に、ヴィンセントに唇を奪われた。何度も角度を変えて触れ合ううちに、周囲の温度が高くなっていくような錯覚を覚える。唇が離れるたびに愛しさを増し、もっともっとと求めては愛しさがぶり返す。

「カミラ……」

「……はい……」

 唇を離し、少しの隙間から名前を呼ばれて、ようやく夢中になっていた自分を戒める。

(もう、触りたい……)

 カミラが自分の中の欲求を自覚したそのとき、ヴィンセントがカミラの足の裏に腕を回して抱き上げた。

「わっ……!」

「そろそろ布団に入ろう。あなたも休んだほうがいい」

 そう言ってヴィンセントはカミラをベッドの上まで運んだ。優しく降ろされて、ヴィンセントを見ると、こちらに背を向け着ていたジャケットとベストを脱ぐ。

 その後姿からも、ほどよく鍛えられた筋肉の張りがわかって、男らしさを感じてしまう。

(ヴィンセントさん、こんなに背中広かったんだ……)

「どうした?」

 振り返ったヴィンセントと目が合い、カミラは慌てて視線をそらした。

「あ、いえ、何も……」

 ヴィンセントはそうか、と言いながらシャツの首釦を緩める。いつものように布団に入っていいものか、そわそわしつつもカミラは掛け布団を下げてその中に入った。

「俺も入っていいか?」

「はい、もちろん……」

 そう言いつつ、実際は自分の鼓動の音がヴィンセントに聞こえてしまわないかとひやひやしている。

 そんなカミラの心中を知らず、ヴィンセントはカミラの横に並んで寝転んだ。

「……」

「……」

(どうしよう、話題が何も出てこない……!)

 静寂だとごまかしが効かないからと、何か話題を探すも、脳がうまく動いてくれない。

「あ、あの……」

「ん?」

「えーっと、……あの、なんていうか……」

 カミラが口ごもっていると、ヴィンセントがカミラの目元に手をかざした。

「えっ……?」

「この部屋は、この時期月明かりが差し込むんだな。これでいつも眠れるか?」

「はい……むしろ真っ暗なのは、ちょっと心細くて。少し明るいくらいが、よく眠れます」

「そうか……」

「あ、でも、ちゃんとろうそくは消していますよ? 危ないので」

「それならいいが……」

 カミラが頷いて、再び静寂が戻る。ヴィンセントとの間にできた少しの隙間が気になってしまう。

「あの……ヴィンセントさん」

「なんだ」

「もう少し、くっついてもいいですか?」

「……ああ」

 カミラがくっつくより先に、ヴィンセントが手を伸ばしカミラを抱き寄せてくれる。カミアはその胸に寄り添い、目を閉じた。

「眠れそうか?」

「……緊張はしますけど、すごく幸せな夢が見られそうです」

 カミラの言葉を聞いてヴィンセントが、額に優しく口付けてくれる。

「おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 カミラはヴィンセントのにおいと体温に包まれながら、夢へと漕ぎ出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る