第33話
その日の夜。カミラは窓辺で空を見上げながら、ヴィンセントが来るのを待っていた。
(まだお仕事、終わらないのかな……)
ヴィンセントが忙しい身であることは、カミラもよく知っている。しかも明日の朝には戦に向かうのだ。その準備が長引いてもおかしくなかった。
(もし無理して私との時間を取ろうとしてくださっているなら、申し訳ないし……手紙にまとめて、明日の朝渡しに行くのも──)
そこまで考えたところでコンコンコン、とドアが叩かれた。カミラは急いで返事をし、ドアに駆け寄る。
「ヴィンセントさん!?」
「ああ。遅くなったな」
ドアを開けて見上げると、そこにはいつもと変わらない様子のヴィンセントがいた。そしてカミラの頭をぽん、と優しく撫でる。
「俺が来るのを、待っていてくれたのか?」
「はい……でも、明日早いんですよね。大丈夫ですか」
「ああ。それは気にしなくていい。それより、少しでもあなたといたい」
(ヴィンセントさん……)
ヴィンセントの言葉を聞いて、カミラはなんとも言えなくなり部屋に引き入れる。二人はそのまま、ソファへと並んで腰掛けた。
「アルスから、一部始終は聞いていると思う」
「はい……」
「明日から俺はここを離れる。だから、あなたに言っておきたいことがいくつかある」
「言っておきたいこと……?」
カミラが首を傾げると、ヴィンセントは真剣な表情でうなずきカミラを見据えた。これは重要な話だと、カミラも身構える。
「まず、俺がいない間にもし父から何か聞かれたら、すべて俺がやったことだと言ってくれ。事実、あなたはエミリスワンへの旅行のことも何も知らされていないはずだ。何か俺をかばうようなことは言わないでほしい。父には俺から、あなたは何も知らないと言ってある。話を合わせてくれ」
「はい……」
「それから、アルスを通じて連絡するようにする。何か日々変わったことがあったら、すぐに知らせてほしい。些細なことでも構わない」
「わかりました」
「最後に……俺は必ず生きて戻るから、心配せずに待っていてほしい。できるか?」
少し首を傾けたヴィンセントの表情が切実で、カミラの胸がきゅうっと締まる。
「あの、私からも言いたいことがあって……」
「言いたいこと?」
「はい。……でも、今の話を聞いたら、言わないほうがいいのかも知れないと思って……」
カミラがそこまで言うと、ヴィンセントは眉を寄せて困ったように息をついた。
「一緒に行きたい、か?」
「えっ……どうしてわかったんですか!?」
「いや、なんとなく、あなたならそう言うだろうと思った」
(そこまで読まれてたなんて……)
ヴィンセントの洞察力に驚きつつ、カミラは唇を噛んだ。ヴィンセントの表情からして、いい返事を貰えそうにない気がしたからだ。
「だめ、ですか……?」
「……そうだな。さすがに戦地にあなたを連れて行くわけにはいかない。危険すぎる」
「……ですよね。ただ、少しでもヴィンセントさんのそばにいたくて……」
「……」
カミラの言葉に、ヴィンセントは口元を歪ませるだけ。それが逆にヴィンセントを追い詰めているような気がして、カミラはなんとか冗談っぽく振る舞おうとした。
「実は、本当はリーサさんに、ヴィンセントさんを連れて逃げちゃだめですかって聞いたんです。でも、そういうわけにもいかないし……! 一応、だめ元だけど言ってみようかな、なんてって──」
ヴィンセントがカミラを抱きしめた。その腕の強さが、ヴィンセントの意思の強さを思わせる。
「俺を連れて逃げる、か。それもいいな」
「え……」
「あなたと二人で、誰にも見つからないように生きてもみたい。互いに互いだけを生きる証にする」
耳元で少しかすれたヴィンセントの声がする。カミラもヴィンセントの背中に腕を回して、きつく抱きしめた。
カミラも、その声音を聞くとそれができるならそうしたいと思った。しかし、どうしても二人で逃げ出すのを許されていない人の言葉でもあると思った。
「だが……それだけでは、すべて解決はしない。俺は……まだ、やるべきことがある。この命はあなたに賭すと決めたからな。勝手に死にはしない」
身体を離して見つめ合う。互いの吐息がかすかに唇をかすめて、命が震えるような気がした。
「あなたを幸せにするまで死ぬものか。必ず帰ってくるから、待っていてくれるか」
「……はい。待っています」
その言葉を誓いにするように、二人は唇を重ねる。互いの体温を移し合うように、時間をかけて何度も何度も口づけた。
触れるたびに愛おしさが募ってまたすぐに求めてしまう。
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