第27話
それからおよそ二週間。春の風が吹き始める中、カミラは緊張した面持ちで城門塔の前に立っていた。目の前には大きな馬車と、護衛の騎士団員が数名待機している。
「カミラ様、久しぶりの母国、楽しんできてくださいね」
リーサがカミラの手を握りしめて言う。
この日、カミラはヴィンセントとともにエミリスワンへの一時帰国の途につくのだった。カミラはリーサの言葉に笑顔を返し、何度も頷いた。
「カミラさんへのお土産も、買ってきますね」
「そんなものはいいですから。カミラ様がご無事に帰ってきてくださるのを待っています」
「ありがとうございます」
しばしの別れを惜しむ二人を、ヴィンセントが横で見ている。
「ヴィンセント様、カミラ様をよろしくお願い致しますね」
「ああ。無事に戻って来る。そろそろ出立したいが、いいか?」
「はい」
リーサは一歩引き、ヴィンセントがカミラを見る。カミラは小さくリーサに手を振ってから、馬車に乗り込んだ。ヴィンセントは護衛として着いてくるアルスに一言二言指示を出すと、乗り込んできてカミラの向かいに座った。
ドアが閉まると急に密閉されたような気がして、向かいのヴィンセントを近く感じる。
「あ、あの、ヴィンセントさん」
「うん?」
「ありがとうございます。本当にエミリスワンに帰らせてくださって」
「いや。むしろ急かしてすまない。今しかなかった」
「それは……アルスさんが言ってた、お父上の影響ですよね?」
「……そうだな」
カミラに帰国の旨を伝えてきたのは、ヴィンセントではなくアルスだった。いつものようにヴィンセントの代理で部屋にやってきて、三日後にここを出立するという。理由は国王陛下が他国へ外遊するから。今の状況ではヴィンセントがエミリスワンに行くのを、とても国王陛下が許すとは思えない。だから外遊で状況がわからないうちに出立するという。
「でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 結局お父様にもいつかは状況が伝わってしまうと思うんです。私達が帰ってくるときには、きっとばれてるんじゃないかって……」
「大丈夫だ。手は打ってある」
「なら、いいんですけど……」
(ヴィンセントさんが、大変な目に遭わないといいんだけど……)
カミラは少し心配であった。以前からヴィンセントと父親の関係が良くないのを知っている。
「それより、長旅になるからあまり俺に気を使いすぎなくていい。疲れるだろう。俺がいないほうがよければ、いつでも言え。一匹余分に馬を馬車に繋いであるから、そっちに行く」
「お気遣いありがとうございます。ヴィンセントさんも、同じですよ? 私に気を使いすぎないでくださいね」
「ああ」
(本当は、一緒にいられたほうが嬉しいは嬉しいんだけど……)
あの日、カミラはヴィンセントの気持ちが自分にはないことを知ってしばらく悩んだ。この好きな気持をなんとかして抑え込み、消したほうがいいのか。それとも、好きな思いはそのままで今を将来のいい思い出として過ごすのか。
結果として、カミラは後者を取った。取ったと言うか、取らざるを得なかった。ヴィンセントは時折夜に様子を見に来るし、接触を断つことはできない。そのたびに思いに蓋をして苦しむよりも、割り切って今はこのときを楽しむほうが、眠れない日が減るように思えたのだった。
(お父様にあったら、何から話そうかな)
カミラはヴィンセントに気を遣わせないよう窓の外に目をやり、故郷へと思いを巡らせることにした。
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