第24話

 ある日の夕方。

ヴィンセントは謁見の間にいた。これまで書類で取り交わしていたエミリスワンの扱いについて、父であるシントレア王と第一王子である第一王子のリキャルド・アーチボルドとの面会に来たのだ。

王座の前に傅いて、父が来るのを待つ。少ししてから、父と長兄が顔を出した。

「なんだヴィンセント、父に文句をつけに来たのか?」

「先日から書類でやり取りをしていた件について、どうも齟齬があるような気がして直接参りました」

「ふん、くだらん。あの小国のだろう」

「エミリスワンの件です」

「やけに反抗的な態度だな。あの娘が気に入ったか?」

「……今回は軍事の件です。余計な話は避けていただきたい」

「小賢しい。なんだ、言ってみろ」

「父上はエミリスワンを落とした勢いでウォルトレスにも進軍しようとお考えだと思いますが、あの山脈はかつてのウォルトレスさえ、抜けられなかった。それに対し、昔からあの山脈とともに育ってきたエミリスワンは、あの山脈を越えていける騎士団を持っている。それはご存知でしたか」

「……だから何だというのだ。多勢に無勢、あのような小国であれば大した騎士団も持っていないだろう。期待をするだけ無駄だ」

「あの山の険しさをご存じないからです。我々は彼らしか知らない抜け穴や、水分補給ができる川の位置、積雪のある中での野営の方法も知りません。だからウォルトレスはエミリスワンを一国と認め、山脈を隔てた隣国として付き合い続けてきたのです」

「何が言いたいんだ」

 ヴィンセントの言葉を受けて、王が苛立った様子を見せる。今回、エミリスワンのことを侮っていたばかりに、むやみに侵攻を仕掛けた。カミラの父であるエミリスワン国王との手紙のやり取りで、エミリスワンがいかに今の地位を確立し、どのようにして大国ウォルトレスから攻められずに文化を築いていたのかがヴィンセントにもよくわかった。エミリスワンが、どうして大国ウォルトレスに睨まれながらも、自由を謳歌できたのかということが。

「ウォルトレスを刺激して戦争が始まれば、我々の軍事力ではさすがに勝てません。緊密にエミリスワン国王と連絡を取り、ウォルトレスの様子を探ってもらう。ウォルトレスの出方を見てからでも、南征は遅くないはずです」

 王はヴィンセントの話を聞きながら、顎をこすった。父が考え事をするときに、何度も見た光景だった。

「……言いたくはないが、その話には一理ある。南征中にウォルトレスに攻め入られては敵わんからな」

「はい」

「……」

「……」

 王はヴィンセントの真意をその目をまじまじと見て計っているようだった。ヴィンセントも胸の内はさとられないよう、強い眼差しで見つめ返す。

「……だが、時を見て南征には行ってもらうぞ」

「ええ。私もそこで成果をあげたいと思っていますので」

 結局のところ、騎士団に入隊して周囲の信頼を勝ち得、副団長にまで自分の腕で上り詰めたヴィンセントがいつクーデターを起こすか、その一点が不安で仕方がないのだ。それでヴィンセントを戦時の混乱の中で殺して厄介払いをし、そのついでに南へと領土を広げられれば一挙両得と考えているらしい。ヴィンセントもそれはよくわかっている。彼らの眼差しの奥にある殺意。第一王子を後継者には指名したものの、まだ老いぼれきっていないのが父である。まだ状況をある程度理性的に判別する能力は衰えていないようだった。ここで父がウォルトレスにも仕掛けるということであれば、エミリスワンにも火の粉が飛びかねない。それだけは今すぐクーデターを起こしてでも阻止しなければと、実際ヴィンセントは考えていたくらいだ。

「では、私からエミリスワンの国王に文を送ろう」

「いえ、私が……」

 そう言いかけたところで、父の疑いの眼差しが自分に向けられているのを悟り言葉尻を濁した。率直に言えば、カミラの近況なども報告したいし、自分が連絡をとっておきたい。しかし、ここで自我を通せば、ありもしない嫌疑で疑われてしまうのも目に見えている。

(あの方なら、私よりうまく立ち回ってくださるはずだ)

 カミラの父を信頼する気持ちのほうが勝る。ここはカミラの父を信頼して引いたほうがいいと判断した。

「……だが、ウォルトレスのことは警戒したほうがいいな」

 父がぽつりとつぶやいた言葉に、胸騒ぎがする。ヴィンセントが言葉を発しようとした瞬間、隣から長兄が父に言った。

「では、私が文も手配しましょうか」

「ああ、そうしてくれ」

重要な国家間のやりとりを長兄には即座に明け渡せるところを見ていると、やはり二人は馬が合うようだ。自分への信頼のなさに落胆する日々はもう過去のもの。

「僭越ですが父上」

「なんだ、まだ何かあるのか」

「ウォルトレスの脅威を、今以上に軽んじないでください。今思えばエミリスワンへの侵攻も情勢を悪くする一手だったのだと思います。それを覚えておいてくださいますよう」

「ふん。舐めた口を叩く。用件はそれだけか?」

「……はい」

 ヴィンセントは深く一礼して、父たちに背を向ける。周囲の近衛兵たちからも、どこか哀れみの眼差しを感じるようだった。だが、ヴィンセントは顔を上げて歩いた。できる手は打った。時間稼ぎができれば次の手を熟考することができる。

(……必ず、父を止めなくては)

 すでにヴィンセントの中では、次の行動が見えているのだった。

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