第23話

 カミラが黙々と作業をしていると、雪を踏む音が一つ、近づいてきた。

(リーサさん?)

 そう思い顔を上げると、そこにはヴィンセントの姿があった。

「ヴィンセントさん!? どうしたんですか?」

「いや……あなたが雪かきをしたいと申し出た、とアルスから聞いてな」

「そうだったんですか……」

 カミラが納得していると、ヴィンセントがカミラに近づいてきた。そしてその頬に手のひらで優しく触れる。

「かなり冷えたようだな。長い時間やっていたのか?」

「いえ、それほどではないと思いますが……」

 カミラの体感ではまだ三時間も経っていない。しかし、女手二つで大きな軍用通路の女性をしたら、最低でも三時間以上はかかる。そのせいか身体は冷え切って、濡れたブーツの先は足の感覚がなくなるほど冷たくなっていた。

 ヴィンセントはそのままカミラの手を取る。

「手も冷えているな」

 それだけ言うと、ヴィンセントは温めるようにカミラの両手を包んだ。そして慈しむように、その両手を自分の首に当てる。そして目をつむり、カミラの両手が温まるのを待つようだった。

 カミラはヴィンセントのその姿を、息が詰まるような思いで見ていた。恋をした相手が、自分の身体を温めてくれている。これほど幸せな時間はない。雪かきで蓄積された疲労も感じられなくなった。

「部屋に戻ってはどうだ」

「ここだけ、最後にやりたいんです。リーサさんにも、ここで待ってると伝えてしまいましたし……」

「……そうか。なら俺も手伝おう」

「そんな……! ヴィンセントさんはお仕事があると思いますし、慣れない方がやるのは大変ですよ……?」

「あなたの身体が冷えるほうがずっと心配だ。それに、あなたより力だってある」

「そうですけど……」

「このスコップは借りていいか?」

「はい……!」

 ヴィンセントはすぐさまスコップを手に取り、雪かきを始めた。その後姿を見て、カミラも同じように黙って雪かきを始める。

 それでも、さっきのことが頭の中をほとんど占めていた。厳密に言えば、何かを追加して言うほどの余裕がなかった。自分より大きな手、高い体温。剣をいつも握っているせいか、手の皮は固く、それはヴィンセントがこれまでどう生きてきたかを表しているようだった。

(ヴィンセントさんは、私のことをどう思っているんだろう……?)

 常に優しく、カミラのことを考えて行動してくれる。欲しいと思うそれ以上の言葉をくれる。ただ仮の婚約者だとして優しくしてくれているのはわかっているが、それでも心のどこかで、そうでなければいいのにと思ってしまう。

(私は、いつかエミリスワンに帰る日が来てしまう……)

 まだいつかはわからない。シントレアはカミラを手中に収めることで、一旦はエミリスワンへの侵攻を停止している状況だ。父が手紙で、いまだシントレアとの協定の内容を模索しているとも言っていた。父にとっては可愛い娘が人質に取られているようなもので、できるだけシントレアと友好な関係を築きつつ、カミラを返してもらう道を探っているのだろう。ヴィンセントもおそらく、今はその線を探っている。

(私の行動は、国同士のつながりにも影響するんだから……)

 カミラは、もう一度自分の恋心を胸の奥に仕舞う。カミラは黙ったまま、手を動かした。

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