第8話

 それから約一ヶ月。

 カミラは毎日着替えて、部屋に運ばれてくる食事を食べ、読書をして、講師からこの国の礼儀や歴史の授業を受け、一日を終える日々を送っていた。

「……ですから、当時のシントレア国王陛下は、税を廃止し、経済の流動化を図ることにしました」

 講師の話を聞きながら、参考となる本に目を通す。他国の歴史など学んだことのないカミラにとっては、一つひとつが新しい発見であり、自国との違いをまざまざと見せつけられる瞬間でもあった。

 講師の教えに耳を澄ませていると、ドアが二回ノックされた。

「おや、お客様でしょうか。どなたですか?」

 講師が代わりに尋ねてくれる。

「オーストレームの娘ですわ」

「オーストレーム……? ご貴族の……?」

 講師も予想していなかった来客に多少混乱しているようだった。

「どういたしますか、相手は貴族のご令嬢です。お会いしますか?」

「ご貴族の方が私に何の用でしょうか……?」

「わかりません。ですが……婚約の話を聞いたのではないでしょうか。お祝いに来てくれたのかもしれませんね」

 講師が優しくほほえみ、カミラに結論を促す。

「では、お会いします」

「どうぞ、お入りください」

 それだけ言うと、講師は一礼して下がっていった。

 カミラが立ち上がり、ドアの方を振り返ると、美しいブロンドの女性とその執事がこちらに歩いてきていた。

(きれいな人……)

「はじめまして、カミラ嬢。わたくし、イェシカ・オーストレームと申します」

 美しいシントレア式カーテシーを見て、カミラもとっさにシントレア式のカーテシーで返す。

「は、はじめまして、わたくしはカミラ・アップルトンと申します」

「とても可愛らしい人ですのね。北の小国からいらっしゃったと聞きましたから、どんな人かと思っていましたの」

 無邪気な笑顔を向けてくるイェシカに、カミラも思わず笑顔になる。

「それに、ヴィンセント様の婚約者になったって聞きましたわ。どういう経緯でそういうお話になりましたの?」

「それは……」

 ヴィンセントの真意は、なんとなく話さないほうがいい気がする。しかし、代わりになるような話も思いつかない。

「ちょっとしたなりゆきがありまして。詳しくは、お話できないのです」

「……そうですの。では、今度ランチでもいかがです? 国の話も聞きたいわ。婚約のお祝いもしたいし」

「ありがとうございます。私でよければ、ぜひご一緒させていただきたいです」

「本当? 嬉しい。いつがいいかしら」

 自分の予定に関する裁量権がどのくらいあるのかわからず、カミラは戸惑ってしまう。それを見ていたのか、部屋の隅に下がっていた講師が近づいてきた。

「いつでも、レッスンはお休みできますので」

「そうなんですか、ありがとうございます」

「あら。ねえ爺、明日なんかはどうかしら」

 イェシカに爺、と呼ばれた執事は手帳をめくりながら頷いた。

「なら明日にしましょう。料理は私の方で用意させますわ。明日、12時にリネアの間でいいかしら」

 この城では、食堂から舞踏場まであらゆる部屋に花の名前をつけている。この城を築城した際に皇后が決めたらしい。

(リネアの間は、ここから少し遠かったはず……)

 広い城だから、目的の場所へ向かうのも一苦労である。

「では、私は御暇しますわ。また明日」

「はい、明日はよろしくお願いします」

 イェシカは嵐のように去っていった。

「さっきのカーテシー、とてもお上手でしたよ」

 イェシカの去ったドアの方を見ていると、講師が横からそう言ってくれる。

「本当ですか? ありがとうございます。いつも……熱心に教えてくれるので、とっさに出てしまいました」

「それはよかった。明日も礼儀作法の授業が活かせそうですね」

「はい」

(私、イェシカさんの前で……とっさに、エミリスワン式じゃなくて、シントレア式のカーテシーをしてた……)

 再び授業に戻る準備をする講師を見ながら、カミラはそんなことを考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る