第7話

 その日の午後。

謁見の間へと向かうため、再びヴィンセントたちがカミラの部屋を訪れた。

「緊張しているようだな」

「はい……」

 ひと目見てその様子を見破られるほど、カミラは緊張していた。普段、エミリスワンで接する他国の人間は、商人や旅団の者たち、旅人などほとんど気楽に接せられる者たちばかりである。

他国の偉い立場の人が立ち寄ることは殆どなかった。あったとしても近隣の小国の王室で、カミラは幼い頃から関わっていたため、ほとんど親戚のような間柄であった。一国の姫であるからそれなりの立ち振舞は教わっていたものの、それを実践に移す機会に恵まれなかったカミラは、そういう意味でも緊張していた。

「大丈夫だ。膝をついて、そのまま顔を伏せているだけでいい。詳しいことは俺が話す」

「ありがとうございます……」

 二人は部屋を出て、謁見の間へと向かう。

 廊下の天井は高く、大きく切り取られた窓から昼間の光が差し込む。ヴィンセントが先頭、その少し後ろにカミラがいて、その後ろに執事やメイドたちがついてきていた。

(ここで失敗したら、ヴィンセントさんにもご迷惑をかけてしまう。絶対に失敗はできない)

 エミリスワンでの過ごし方とは、100%違う。国王陛下に会うために、家族であっても謁見の間を使うのだ。気軽に父と話せる関係ではないのだろう。

(ヴィンセントさんとお父様は、仲がいいのかな。でも、大国では家族であっても立場の方が優先されるとも聞いたことがあるし……)

 旅団長と食事をしながら聞きかじった知識で、そんなことを推測してみる。

(ここはシントレア。エミリスワンの常識は通用しない。これが終わったら、シントレアの礼儀を覚えないと)

 そんなことを考えながら歩いていると、大きな扉の前に到着した。

「準備はいいか」

 ヴィンセントが振り返り、カミラに聞く。

「……はい。大丈夫です」

 カミラの言葉を聞いて、ヴィンセントが執事に目配せする。執事はうなずくと、扉を守っている衛兵に扉を開けるように指示した。

 謁見の間は、カミラが想像するより10倍広いものだった。太い円柱がいくつも均等に並んでいて、中央には赤いカーペットが敷かれている。壁の上部にある横長の窓から、光が差し込んでいて、ここからではまだはっきりと王座の様子は見えなかった。

 ヴィンセントについて、そのカーペットの上を歩いていく。他に人はいない。ただ王座に、国王陛下とその臣下のような人物がいるだけである。

 少しの間歩くと、ようやく王座の前に到着した。

 ヴィンセントが膝をつくのを見て、カミラも遅れないように膝をつき、言われたとおり顔を伏せた。

「国王陛下。本日は婚約のご報告をしに参りました」

「そうか。相手はあの小国、エミリスワンの娘らしいな」

「……はい」

 声だけでわかる、どこかエミリスワンへの侮蔑を含んだ言葉。

「エミリスワンは、ウォルトレス国侵略への足がかりとなる位置にあります。その際は補給地点として協力する、エミリスワン国王と取り決めもしてあります。また、屈強な城塞として自己防衛の能力も高い。実際、攻略には大変苦労しました」

 うつむきながら、淡々と言葉を並べるヴィンセント。その言葉を聞きながら、次にどんな言葉が国王陛下から投げかけられるのか、カミラの心臓は早鐘を打っていた。

「……ふん。そうか。お前の他国侵略の動きには、期待しているぞ。次は南征してもらいたい」

「……承知しました」

「お父上、それはなかなかに難しい注文ですなぁ」

 先ほどとは違う声が聞こえる。

(誰だろう?)

 顔を見られないカミラにとって、聞き慣れない声の人物だが、その声はどこか愉悦を含んでいるようだった。

「まぁ、もし南征に成功したら、我が国への貢献を認めて、少しくらい国の要職につけてやってもいいかもしれませんねえ」

「ふん。ヴィンセントが南征を成功させられたらな」

 言い方からして、南征はかなり難易度の高い戦いとなるのだろう。二人の言葉はどこか、ヴィンセントが南征で亡くなることも想定しているようであった。

「その言葉、覚えておいてください」

「お、なんだ。ヴィンセント、兄にその口の聞き方は」

「ただ、覚えていてほしいと言っただけです。私も、今の地位で満足する男ではありません」

(兄……? ヴィンセントさんのお兄様? ってことは、第一王子のリキャルド・アーチボルド様……?)

 さっきから見下した話し方をするのは、話に聞いていた第一王子であった。そこまでわかれば、この王室の歪みも想像がつく。

(第二王子であるヴィンセント様は、王室では虐げられてるの……?)

「そんな事を言うなら、必ずや南征を成功させてこい。偉そうな口を聞くのはそれからだ」

「そうですね、お父様。ヴィンセント、南征の成功率は?」

「……必ず、成功させます」

「ふん。阿呆ほど自分の能力を高く見積もる」

「まぁ、いいのではないですか。ヴィンセントがいなくなったところで、王室には何ら関係ありませんから」

(そんな言い方、ひどい……)

 さっきから聞きたくないような言葉ばかりだったが、あまりにも酷である。カミラは横目でヴィンセントの横顔を盗み見たが、表情一つ変えず、ただその話を聞いていた。

「もし万が一南征から無事に帰ったら、ウォルトレスとの軍事交渉を任せよう。まぁ、無事に帰ったらだがな」

「それは楽しみです」

「……さっきから生意気な口を」

 苛立つリキャルドの口調に、カミラは萎縮してしまう。しかし、隣のヴィンセントが立ち上がる気配がした。

「本日の報告は以上です」

「……わかった」

「おい、行くぞ」

「あっ、はい……」

 自然と手を貸され、立ち上がる。そこで初めて国王とその脇に立っていたリキャルドの顔を見た。

(この人たちが、ヴィンセントさんの家族……)

 カミラは深くお辞儀をした。

「ああ、それと一つ言い忘れていました」

「なんだ」

 一度背を向けたヴィンセントが、振り向く。

「エミリスワンは、いい国ですよ。彼女を育てた国への侮辱は、私が許しません」

「……チッ」

 リキャルドが舌打ちをしたのが聞こえた。しかしそれを無視して、ヴィンセントは再び歩き出した。カミラも慌ててそのあとについていく。

(ヴィンセントさん……本当に、優しい人……)

 ヴィンセントの気遣いに、心が温かくなる。さっきまでのあの二人からのひどい言葉すら霞むほどであった。

 謁見の間の扉が閉まるのを背中で感じると、どっと精神的な疲労が出るようだった。

「悪かったな。あんなものに付き合わせて」

「いえ……むしろ、ありがとうございました。エミリスワンのこと……」

「あれは本心だ。かばったつもりではない」

「ヴィンセントさん……」

 本当は聞きたいことはたくさんある。父や兄との関係、今の王室でのヴィンセントの立場、これから行くのであろう南征のこと。

(でも、まだそれほど踏み込んだことは聞けない……)

 本当は聞きたい。ヴィンセントのことを、もっと知りたいと思う。しかし、まだ昨日の今日だ。

「あの、ヴィンセントさん」

「なんだ」

「今日じゃなくても、いいので……いつか、二人でお話をする時間をください」

「……ああ」

 ヴィンセントが、少し微笑んだ気がした。

「ヴィンセント様、議会のお時間です」

 横から執事が、ヴィンセントに声を掛ける。

「わかった。あなたは部屋に戻れ。これ以降は特に予定はないから、部屋でゆっくり過ごすといい」

「はい……ありがとうございます」

 小さく頭を下げると、すでにヴィンセントはカミラに背中を向けて歩きだしていた。

「カミラ様、お部屋に帰りましょう」

 メイドのリーサに声をかけられ、うなずくとカミラはどこか離れがたい気持ちのまま、ヴィンセントたちとは逆方向に歩き出したのだった。

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