第31話

翌日から、二人はシントレアとエミリスワンの交易路の整備や、輸出入における関税率の調整に関する会議など、主にシントレアとエミリスワンの関係調整を目的とした予定をこなした。

そしてエミリスワンを発ったその日。ヴィンセントは馬車の中で正面に座っているカミラの様子をじっと観察していた。やはり故郷を離れるのは名残惜しいようで、カミラの父に別れの挨拶をしてから少し気分が下がっているように見える。

「カミラ」

「はい」

「大丈夫か? もの寂しいのだろう」

「ちょっとだけ……」

 正直に気持ちを打ち明けてくれたカミラが愛おしくて、ヴィンセントはカミラの隣に座り直した。

「またすぐに来る計画を立てよう。あなたが寂しくないように」

「ありがとうございます。でも、私はヴィンセントさんと一緒になれるのなら、寂しくありません。シントレアにも、よくしてくださる方がたくさんいますし」

 カミラが遠慮がちにヴィンセントの肩へ頭を預けてくる。ヴィンセントはそれを受け止め、カミラの小さな手を自分の手で包んだ。

「帰ったら、まずは婚姻の儀の日取りを決めよう。もちろんあなたの父上にも出席していただきたいから、そのあたりの調整も必要だな」

「シントレアはどんな儀式になるのですか? 私、エミリスワン式しか経験したことがないです」

「シントレアは……特に面白みはないな。挙式を行って、その後披露宴をするのが一般的だ。数時間で終わる。エミリスワンは儀式にも時間をかけると聞くな」

「そうですね、ほぼ一日使います。まずはお父様……国王陛下からの祝辞ですね。式がある日はある程度決まっています。そのときに婚姻する人たちが集まって、祝福を受けます。それから、家族や親戚の前で挙式をして、みんなで食事会をして……」

 記憶をたどっているのか、空を仰ぎながら話をするカミラを横目で見る。残った指で一つひとつ数えていた。

「最後は、歓談と歌の時間ですね。みんなで話をしたり、歌を歌ったりして、この日は大人も子供も関係なく、夜中までみんなで楽しむんです」

「そうか。儀式というよりはパーティーのようだな」

 ヴィンセントは思い出した。エミリスワンにはみんなで集い、歌う風習があることを。

 エミリスワンでは昔から雪の中で遭難する者が多く、いつからかみんなで順番に歌を歌い、寝入るのを防いでいたという。極寒の中で眠ってしまえば、命を取られる。だから大人は、子供たちに歌が自分たちを守るまじないだと言い聞かせていたのが、いつからかエミリスワンの文化として根付いたのだ。

「結婚する二人の幸せを守るために歌うんです。歌う人が多いと多いほどいいって」

「なら、エミリスワンでも式をあげるか?」

「えっ? 二回もするんですか?」

「ああ。あなたの知人を全員シントレアに招待するわけにもいかない。だったら、国ごとに式を挙げるのもいいだろう」

「……ヴィンセントさんは、いつも私のことを一番に考えてくださるんですね。嬉しいです」

 カミラがヴィンセントの手を握り返す。

「大袈裟な、って思ったけど、幸せなことは何回あってもいいですよね。どうしようかなぁ……」

 カミラが幸せそうに微笑んだ。

「シントレアとエミリスワンで、ドレスの形は違うんでしょうか。エミリスワンでは伝統的に……」

 カミラの話を聞きながら、ヴィンセントは複雑な思いがしていた。

 今回エミリスワンに来られたのは、シントレア国王である父が急な外遊に出たから。帰国予定日だけを近辺のものに伝え、最低限の護衛を伴ってひっそりと国を出た。

 外交担当の議員でもなく、第一王子である兄でもなく、予定外のことを嫌う父自らが出ていかねばならない状況に置かれたのだとすると、ヴィンセントも知らない大きな勢力が動いていることの証左でもあった。

(その火種の中心が、シントレアでなければいいが……)

 もし万が一のことがあれば、自分が先頭に立って戦う覚悟はある。しかし、カミラに火の粉がかかるのだけはどうしても防ぎたい。

 結婚式の話を続けるカミラを横目に、ヴィンセントはその不安を払拭しきれないでいた。


 数日後。シントレアに到着した一行が城門塔の前まで来ると、それを見た門兵が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「何かあったんでしょうか……」

 心許ない様子で外を見つめるカミラ。ヴィンセントは、外で交わされている会話に耳を澄ませる。自分の名前が出たのを聞き取ると、すぐさまカミラにここにいるよう言い聞かせて外へ出た。

 それを見て、門兵の対応をしていた一瞬アルスが顔を曇らせたのがわかった。

「ヴィンセント様……! 陛下が予定日より早く、昨日帰国なさいました。ヴィンセント様が帰り次第すぐに謁見の間にお連れしろと厳命があり……」

「そうか。なら父に今から行くと伝えてくれ」

 父が予定より早く帰国するのは想定外だった。予定日と父を乗せた馬車が向かった方角を聞いて、ある程度どの国に用事があるのかは察したつもりだった。そこから最短の帰国予定日を弾き出して、今回のエミリスワンへの旅程も組んでいたのに。

(これ以上、先伸ばしにはできないか……)

 ヴィンセントはアルスから馬を借り、いち早く謁見の間へと向かった。

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