第2話
それからしばらく雪かきをして、ようやく扉が開閉するだけのスペースを確保した。
「よし、ここは終わりだな。実はもう一箇所シャトレの方で開かない扉があるんだ。そっちも──」
そう男性が言いかけた瞬間、城壁の上にある見張り台からけたたましく鐘の音が響いた。
「敵襲ー!! 不審な軍勢がこちらへ向かってきます!!」
(敵襲……?)
聞き慣れない言葉と激しくなり続ける鐘の音に、カミラの心臓が破裂しそうに脈打った。
「不審な軍勢が向かってくるだと!?」
父の顔が青ざめる。それも一瞬、すぐさま軍を率いる一国の長の横顔に変わった。
「すぐさま防衛の準備にかかれ! 砲台準備! 装填まで行ってよし! 着火はまだだ!」
父はすぐさま近くにおいていた馬に乗った。馬上から、カミラを見下ろす。
「お前も馬でも借りてすぐに帰りなさい。いいな」
「はい」
父は一刻も争う事態に、それだけいうと馬を駆って走り出した。その後姿を見送り、男たちが戦争の準備をする中、馬を探す。
(でも、私よりも急いでいる人が……)
自分は兵力にはなれない。雪かきができても、大砲を撃てるわけではない。自分が馬に乗ることの優先度を決められずにいると、近くでそれを見ていた母親くらいの年齢の女性が、こちらに手を仰いで知らせようとしているのが見えた。
「カミラ様、一緒に逃げましょう! こちらへ!」
「はい!」
カミラは言われるままその女性──セミルの元へ駆け出す。まだそれほど近くまで敵は迫ってきてはいないはずだ。ここから走れば、敵が到着するまでに中央へ行くのは、間に合うかも知れない。
何人かの夫人たちとともに石段を駆け上がっていると、威嚇射撃と思われる大砲の音がした。空気がびりりと震えるような振動。脳の奥まで揺れるような爆音だった。
「逃げろー! 敵襲だぞー!」
「城門から離れろ! 奥へ逃げろ!」
そのとき、一つの城門等が壊される音がした。
「まずい、侵入されるぞ! 逃げろ!」
男衆がそう声を上げて、国の人々を誘導している。カミラはそれを見て、セミルに告げる。
「私があそこから城への地形は一番知っています。誘導をするので、先に逃げていてください!」
「カミラ様!」
人混みに押され、セミルはそのまま奥へと流されていった。それを見送り、カミラは城門棟のほうへ走り出し、声を張り上げる。
「このまま奥へ逃げてください! 押さないで、冷静な気持ちで逃げてください。絶対にうちの城壁がみなさんを守ってみせます。城まで走って!」
「カミラ様!? 逃げなくていいの!?」
「私は大丈夫ですから! 早く皆さん、逃げてください!」
一番近い城門棟は、幼い頃よく遊び場にしていた。そこからの道は、もういくら通ったかわからない。
道を逆走していると、いよいよ城門棟が大きく見える一までやってきた。そこで、相手の軍勢を初めて目の当たりにする。
想像していたよりも多く、騎馬兵に乗った兵や、今回城門棟を破壊した大砲、そして大勢の歩兵たちが統率の取れた様子で城内に入ってくる。
(もう、私も逃げなきゃ)
そう心に決めた瞬間、どこかの家屋から赤ん坊の激しく泣く声が聞こえた。
(嘘、取り残されたの……!?)
すぐに声のする方向へ走り出す。幸いみな鍵をかけずに家を出ていったのか、カミラはそれほど迷いなく子どもの泣き声のする家に到着した。大通りに面していたのが幸いしたのかもしれない。
「もう大丈夫だよ、泣かないで」
近くに抱っこ紐がないか探す。それよりも騎馬隊たちの蹄の音が聞こえてきて、カミラは身を固くした。
(こんなに早く……? ここから私、逃げられる……?)
「残っている奴らを探せ。裏を取らせるな」
「はい!」
その瞬間、カミラの頭を諦めの文字がよぎる。1件1件、他の家のドアを蹴破っている音がする。
(早く、逃げなきゃ……)
そう思った瞬間、ドアが蹴られた。
「あっ……」
ドアを蹴破った男は、二人を見つめた。
「何をしている」
「あ、の……この子が、取り残されていて……」
「……そうか」
それだけ言うと、男はドアを閉めて去っていった。
身体から力が抜ける。それでも心臓はばくばくと音を立てていた。
(どういうこと? 見逃してくれたの……?)
とにかく今は、この子が泣くのを止めるしかない。カミラは赤ん坊を抱き上げ、ゆすってなんとかなだめる。赤ん坊も少し落ち着きを取り戻したのか、とりあえずは泣き止んだようだった。
(どうしよう、もうここは相手の陣地になってる……ここから出たら、逃げられない)
カミラはこの家で籠城することに決めた。不安な気持ちをごまかして、赤ん坊をいつまでも揺らしながら、どうかこの戦いが、この国の安寧を変えてしまわぬように……そう願うしかなかった。
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