第3話

 戦いはあっさりと帰結した。国王が降伏の判断を早めに出したからだった。

 戦いに勝つよりも、顔見知りの国民たちの命を守る決断をした。国民を捕虜にしないこと、属国になるのはいいが、自立した一つの国として扱ってほしいことを約束してのことだった。

 そしてその代わりとして、敵国──シントレア王国が求めてきたものは、シントレアの属国となり貿易の補給拠点となること、シントレアとの交通経路を作ること、そして最後の一つは……。

「私が、シントレアの捕虜に……ですか?」

 国王である父親に呼ばれたカミラは、その言葉を国王の執務室で聞いた。

「……すまない、それ以上の待遇の条件を引き出せなかった」

 それはつまり、人質になるということだ。シントレアに対して反旗を翻せないように、娘を嫁がせるというのは世の中ではありふれた話である。

 父は目を伏せて、カミラの様子を直視できないようであった。その理由は、カミラでもわかった。父は、カミラのことを宝物のように育ててくれた。今だって、国民を守るためとはいえ、胸が引き裂かれる思いだろう。

 それに、カミラも同じだった。大好きなこの国を離れ、自分のことを誰も知らないシントレアに嫁ぐ。それは、国民たちとともにこの国で生きてきたカミラにとって、どう言っていいかわからないほど恐ろしいものだった。

 しかし、自分が嫁がなければこの交渉は決裂する。そして再び、戦禍に巻き込まれる。ミートパイを焼いて待ってくれていたクレール、一緒に雪かきをしたカミーユ、ブロン、クロノ、サイラス、ミラージュ、サイエン、シンタ、一緒に逃げてくれたセミル……。

 彼ら彼女らのことを思うと、決断をするしかないように思えた。

「……お父様」

「うん?」

「そのお話、受けます」

「……いいのか」

 父は苦渋に顔をしかめている。誰よりもきっと、今回のことを悔やんでいる。

「だって、そうじゃなきゃ交渉がうまくいかないんでしょう?」

「……」

「だったら、私行きます。この国が好きだから。お父様やみなさんと離れ離れになるのは寂しいけど、それよりもこの国の人が幸せに生きていくことが、私にとっては大事だから」

「……すまない、カミラ……」

 父はカミラを抱き寄せた。カミラもその背中に腕を回す。貿易担当や国王の付き人、メイドや執事までみな視線をそらした。二人の苦痛を、慮っていた。

「お父様、手紙を送ってください。他の方にも、そうお伝えいただけませんか。私、それがあれば頑張れる気がするんです」

「カミラ……わかった、必ず書く。毎日送る」

「はい、お父様」

「そんなことしかできない私を、許してくれ……」

 父の言葉にそんなことないと首を振りながら、カミラは父の体温をこの先ずっと覚えておこうと思った。


 それから数日後、カミラは馬車の荷台で揺られていた。いくら以前は姫であっても、今はただの捕虜。扱いは荷物のようなものだった。暗く、外の光がところどころから漏れてくるだけ。

(シントレアでは、どんな待遇になるんだろう……)

 昔読んだ戦争の本で、捕虜たちは大変つらい境遇を味わったと聞いていた。意味のわからない折檻を受けたり、激しい尋問をされたり、つらい労働を強いられたり……。

(でも、国の人達が無事なら、それでもいい)

 アップルトンの家で大事に育てられたカミラにとって、寝床が木の板の床はつらい。それでも、今のカミラにはそれに耐えるしかなかった。

(少し寝よう。こうして考えていても、嫌なことが浮かんでくるだけ)

 カミラは目を閉じた。お尻も背中も痛いところだらけだが、それを一瞬でも忘れたい。カミラはそのまま、眠りに落ちた。


 何日揺られただろうか、ようやくシントレアの城に到着した。すでに辺りは暗く、相当遅い時間についたようだった。

 荷台から出されると、すぐにカミラは牢屋に連れて行かれ、そこに放り込まれた。さっきまでの木の板よりも、さらに地面が硬い。疲れたカミラにとって、それは更に苦痛であった。

 しかし、この状況を打破する方法はない。手には手錠がかけられているし、足には鎖が繋がれている。

(これが、私の人質生活ね……)

 戦争で降伏した国の捕虜の扱いなんて、こんなものだろう。他国の捕虜に豪華絢爛な部屋を与えるなんて聞いたことがない。

(ずっとここに入れられるのか、あるいは労働とかがあるのか……)

今気になるのはそれだけ。ずっとここにい続けるよりは、何か働けたほうがまだましだ。たとえそれが厳しくても、たった一人きりでここにいることのほうが、カミラにとっては恐ろしいことだった。

牢屋にはろうそく1本しか立っていない。この時間帯は見張りの数も少なく、しんとしている。

(改めて思うと、ここが私の人生の果てなのね……)

 きっと、自国に帰してもらえることはない。それをしたら、報復の可能性が残るからだ。アップルトンの最大の弱みを手に入れた以上、解放するつもりはないだろう。

(……もう遅いし、寝ようかな)

 カミラは冷たい石の床に寝転がった。粗末な毛布が一枚、支給されているだけ。カミラはその毛布にくるまり、目を閉じた。

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