第20話
すべてのデビュタントの紹介を終え、やっと控室のソファに腰掛ける。カミラの喉と足はとっくに限界を超えていた。
「水飲むか?」
ヴィンセントはグラスを差し出した。紹介文読み上げの最中も、何度も水を持ってきてカミラのそばに置いてくれた。そのおかげで少しは喉の疲れも緩和された気がする。それでも、カミラの声はかなり枯れていた。
「ヴィンセントさん、途中で何度もお水を持ってきてくださり、ありがとうございました。おかげで全員分、紹介できたと思います」
すでに外は夕暮れ、外からは明かりをつけてパレードを楽しんでいるざわめきが聞こえてくる。
「まだ、最後のダンスが残っているが……いけるか?」
「はい、大丈夫です。このために毎日練習してきましたから、ちゃんと終えたいです」
カミラがそう言うと、手を差し伸べてくれ、カミラもその手を取って立ち上がる。二人はそのまま屋外で行われているダンスパーティへと向かった。
人だかりの中心に、大きな円ができている。そこでは、デビュタントがこのときを楽しみながら踊っていた。みな向かい合う男女はほほえみ合い、幸せいっぱいである。
カミラとヴィンセントは時間より少し早く着いてしまい、その姿を眺めていた。
(みんなが今日という日を、喜んでくれたらいいな)
曲の演奏が終わり、いよいよ二人の出番が来た。
(いよいよだ……)
隣にいたヴィンセントがカミラの腰に手を回し、広場の中心までエスコートしてくれる。それからゆったりとワルツが流れ始め、二人で最初のステップを踏み出した。
何度も練習で聞いた曲。それでも今日だけは、特別なものに思える。夜になってだいぶ肌寒くはなってきたが、今のカミラには気温を感じるような余裕はなかった。
「寒くないか」
「はい、大丈夫です」
向かい合い、ステップを踏みながらヴィンセントが囁くように尋ねてくる。カミラはむしろ、ヴィンセントが触れているところが熱く感じて仕方ない。
「ダンス、上手くなったな」
「ヴィンセントさんが靴を贈ってくれて、余計に頑張ろうって思えたからかもしれません」
「少しでもあなたの糧になったようでよかった」
細められた目が、優しい声音が、夕暮れの空と相まってカミラを包みこんでくれるようだった。この時を、少しのかけらも忘れたくないと、心に刻む。
「ヴィンセントさん……」
「ん?」
カミラはいっそ、自分の恋心を打ち明けてしまいたくなった。これほど近い距離で、優しい視線を受けて、ヴィンセントへの思いが溢れてしまいそうになる。
(でも、ヴィンセントさんは迷惑かもしれない)
この状況下、カミラからの思いを受けても、断れない。それにこのあと、気まずい雰囲気に鳴るかもしれない。そうなったらカミラも耐えられない。なんとか理性で、その場を持ちこたえる。
「……今日、ヴィンセントさんと踊れてよかったです」
「ああ。俺もだ」
曲が終盤に入り、二人は音楽に身を任せる。
(この時間が、永遠に続けばいいのに……)
カミラは少し切ない気持ちで、そう願い続けていた。
デビュタントのその夜。
ヴィンセントは執務室で書類仕事を片付けていた。そばに控えていたアルスに今日最後の作業資料を渡して、一息つく。するとアルスが声をかけてきた。
「この時間まで仕事が残るなんて、珍しいですね」
「……そうだな」
ほとんど表情を崩さないアルスにしては、何か言いたそうな顔をしている。ヴィンセントはそれが何か、わかるような気がした。アルスは二人のとき、少し素顔を見せる。
「今日この日の予定をすべて空けるために、ですか」
「……」
本来であれば、デビュタントの紹介をする際、ヴィンセントは執務室で仕事を済ませることになっていた。そして夕方から夜にかけて、ダンスの時間をとる。それが本来の予定だったのだ。
しかし、ヴィンセントがカミラのそばについていたいからと、今日中に終わらせる仕事をこんな深夜になるまでやることになったと、アルスは気づいていた。
「こんな深夜まで付き合わせて悪いな」
「いえ。私はあなたの部下ですから」
アルスはヴィンセントが16歳のときに騎士団へと入団してから、ずっとついている側近である。仕事はよくできるし、腕も立つ。立場の不安定な第二王子という立場から逃れたくて騎士団に入ったヴィンセントを、そのときからずっと見ていた。年齢はヴィンセントの3つ上。しかし彼は年齢に関係なく、ヴィンセントを尊重してくれた。アルスいわく、騎士団に入団する前から訓練場で見ていたヴィンセントの姿が印象的で、どこか自己破壊的な雰囲気を感じて、自分が支えなくてはならないと使命感を受け取ったようだった。
「僭越ながら、今日のダンスを見て、あなたの気持ちが十分にわかった気がします」
「……」
アルスが予定の話をし始めたときから、これを聞かれると思った。しかしヴィンセントは苦い顔をする。
「カミラ嬢が、好きなのですね」
普段から冷静で含んだ物言いをするアルスが、率直に聞いてきた。まだあまり自覚できなかった感情が、いっきにその言葉に集約されていく気がする。
「……好き、か。そうかもしれない」
「すべてあなたの眼差しに表れていましたよ」
「眼差し?」
「はい。カミラ嬢を見つめるあなたの眼差しです。見たことがないくらい、優しく、相手を慈しむ愛情に満ち溢れたものでした」
「……お前が言うなら、そうなのだろう」
ヴィンセントは彼の洞察力に全幅の信頼を寄せていた。しかも、仕事をしている今でさえ、カミラのダンス中の笑顔が、焼き付いて離れない。
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