第19話
事前打ち合わせを終え、デビュタント会場へと向かう。経歴の読み上げは大広間で行われ、パレードは屋外で行われる。今日は晴天、気温は少し低いが太陽の暖かさを感じられる、パレードにはもってこいの天気だ。
大広間に入ると、ヴィンセントが中心に立っていた。太陽の光が差し込んで、その髪を透かす。カミラはその姿を単純に美しいと思った。
いつもの軍服ではなく、正装。ダブルブレストのロングコートと、階級を示す肩章と飾緒、ブレードはほとんど金色で、ヴィンセントが王族であることを示していた。長い脚にロングブールがよく映える。
「カミラ様をお連れしました」
「ありがとう」
その言葉にアルスは胸に左手を当て、会釈をした。その姿もきびきびしていて様になる。
「いよいよだな」
アルスが下がると、カミラの方を向き、ヴィンセントが声をかけてきた。
「はい。朝からずっと緊張してます……」
「そう気負うな。あなたなら、きっとやり遂げられると信じている」
「はい、その思いに応えられるよう、頑張ります」
「それから。その衣装、よく似合っている。綺麗だ。手袋もつけてきてくれたんだな」
ヴィンセントの真っ直ぐな眼差しとその言葉で、カミラは思わず自分の頬が熱くなるのがわかった。優しい暖かな表情をしている。それだけで自分の恋心が、また大きく前進したと思う。
「あ、ありがとうございます。せっかくのヴィンセントさんからの贈り物だったので、つけたいと思って……」
「あなたのその気持が嬉しい。今日は長い一日になると思うが、俺もあなたをできる限り支えたい。なんでも言ってくれ」
「はい……お気遣いありがとうございます」
こういう状況になって、同じことしか言えない自分がもどかしい。カミラはなんとか言葉を探すが、何も出てこずうんうんと頷くだけ。
実は、この年齢までカミラは恋愛というものをしてこなかった。仮にも、エミリスワンでは姫の立場であり、父である王の直系の血を受け継いでいる。それに付け加え、父親が過保護であるゆえに、あまり多くの同年代の男性とは関わってこなかった。
(だって、私の初恋だもん。好きな男性との会話なんて、下手で当然かも)
ただでさえデビュタントで緊張している上に、それとはまた少し違う恋愛の緊張感というのも味わっている。
「そろそろ行くか。さっき外を見たが、たくさんの人達がすでに、大広間の前に集まっている」
ヴィンセントにエスコートされ、大広間の扉を両側にいる騎士たちがゆっくりと押し開けた。
(うわっ、すごくたくさんの人……!)
大きな声援と、デビュタントたちが一列に横になってその後ろに家族たちが並んでいるのは、壮観だった。
すべてのデビュタントが、こちらに向けて一礼する。カミラもそれに応じた。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
カミラは顔を上げると、少し声を張ってそう言った。大勢の前では、小さな声では相手に聞こえない。
「今年18歳になる皆様に、お祝い申し上げます。この式典では、皆様のこれからの人生における健康と、栄光をお祈りして行われます。周りの者に感謝し、生涯を幸福に過ごしてください」
式典の冒頭で、必ず司会進行役が彼ら彼女らに伝える言葉を述べる。それからカミラは大きく息を吸い込んで口を開けた。
「今回は例年通りの式典ではなく、パレードとして新しい形で式典を執り行うことにしました。これは貴族の方だけの閉鎖的な式典よりも、この国のすべての人達がその命が生まれたことを祝福されるべきだと思い至ったからです。今同日同時刻に、この国のすべての州で同じ式典が行われています。ここにいる皆様だけではありません。18歳になるまで、そしてこれからも皆様と関わり、お互いに感情を共有し合うすべての人に、祝福を」
カミラはそこまで言い切ると、深々と礼をした。
「それでは皆様、デビュタントを始めましょう!」
その声で一気に盛り上がる。大広間の扉を大きく開放し、カミラの誘導でデビュタントたちが列になり大広間に入ってくる。
「では最初のデビュタントから……アンネ・ブロムバリ、ブロムバリ伯爵のご令嬢。エスコートはフランシス・バックマン、バックマン子爵のご子息。アンネご令嬢はフランシスご子息とのご結婚が決まっています。堪能な語学を活かし、二人でバックマン家の貿易業を受け継ぐということです」
二人を見つめ、カミラは微笑んだ。未来のある、しかも愛し合っている二人を見ると思わず口角が上がる。紹介が終わると、二人はカーテシーと礼をして、去っていく。
(二人が幸せに過ごせますように……)
カミラはそう願いながら、次のデビュタントたちの情報に視線を落とす。
「続いて、カロリーナ・アムレアン、アムレアン、アムレアン家のご令嬢。エスコートはヨナタン・アルフレッドソン、バリエンホルムのご子息です。カロリーナご令嬢はチャリティーに興味をお持ちで、今も近所の子供達の家庭教師役をしているそうです。また、ヨナタンご子息は、医学の道を目指され、現在はアルフレッドソン家で勉学に励んでいるそうです」
貴族も、平民も、ここでは関係ない。ランダムに決めた順番に並んでもらい、カミラが司会進行役としてそれぞれの紹介を行っていく。これも、序列を気にする貴族たちを納得させるための一つの策だった。
「続いては……」
一人ひとり、心を込めて読み上げていく。それからもデビュタントの列は続き、精力的に司会進行役を進めていった。
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