第17話
「あの、本当に下手で、講師の方にも悪い意味でお墨付きをもらったので……笑わないでくださいね」
「ああ」
「では、よろしくお願いします」
カミラが答えると、ヴィンセントがカミラの手を引いた。そのまま向かい合い、カミラがそっとヴィンセントの肩に手を置く。
「緊張しているのか?」
「そりゃもう……」
「もう少し近づかなければ始められない」
「はい……」
近づけば近づくほど鼓動がばくばくと音を立てる。
(鼓動の音が、ヴィンセントさんにまで聞こえちゃいそう……)
「これで……いいですか?」
「ああ」
ほとんど密着するような姿勢になり、ちらとヴィンセントの顔を見上げると、その距離の近さに思わず身体がこわばる。緊張でステップを踏むどころではない。
「準備はいいか?」
「……はい、頑張ります」
「ああ。3、2、1……」
ゆっくりとステップを踏み出すと、握る手が一層強く握られた。そして腰に回す腕も、しっかりカミラを抱き寄せる。
(ヴィンセントさんが、私が間違った方向に行こうとしても動きでリードしてくれてる……)
決められたステップ通りにカミラが動けるよう、その握りしめた手と体幹のしっかりした身体で誘導してくれた。講師は同じ女性だったため、カミラの動きまで制御しきれない。それがヴィンセント相手だとすべてカミラの動きを受け止めてくれていた。
(やっぱり、男の人ってすごい……)
カミラがそう感心していると、ふいにヴィンセントの動きが止まった。カミラは何事かとヴィンセントを見上げる。
「どうしました……?」
「また靴擦れしているのか?」
「え……」
「左足だな。無意識のうちにかばっている」
カミラは隠していたことがばれてしまい、どこかばつが悪い。
「でも、ちゃんと包帯巻いていますし、今はそんなに痛くないです。というか、緊張してそんなことすっかり忘れてました」
「エミリスワンではヒールを履かなかったと言っていたな。雪で滑るからと」
「はい」
「ヒールは履くだけでも大変だと聞いている。今日はやめておくか」
「でも……」
カミラには、最後まで踊りたい気持ちがあった。ヴィンセントのリードなら、踊れる気がした。
「練習にならいくらでも付き合う。また時間が合うときにすればいい」
「はい……」
カミラもわかっている。ヴィンセントは、カミラに無理を強いないことを。礼を言おうとした瞬間、ヴィンセントがカミラをふわりと横に抱き上げた。
「ヴィンセントさん……!?」
ヴィンセントはそのまま何も言わず、ソファにカミラを座らせた。そして自分も園となりに座る。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、あなたに無理をさせたのは俺だからな。ステップを覚えれば、あとは緊張だけしなければ踊れそうだ。少し手合わせしただけでも、身体がダンスに順応してきているのがわかった」
「本当ですか? だといいんですけど……」
ダンスを終えて、向かい合いながらヴィンセントが言う。それは世辞でもなんでもなく、彼の本心のように思えた。
「今回、あなたにこのような負担をかけて申し訳ないと思う。ただ、周囲にはあなたが本当の婚約者であるように見せなければならないし、正直に言えばあなたの……」
そこまで言って、ヴィンセントは口を閉ざした。カミラは首を傾げる。
「いや、忘れてくれ」
(えっ、すごく続きが気になるんだけど……!)
しかしヴィンセントがそう言うなら無理に聞き出そうという性分でもない。
「ヴィンセントさんから、期待していただいたんだと思って、私にできる限りのことをします。ダンスも上手くなって、ヴィンセントさんのリードなしでも踊れるように、練習しますね」
「ああ。当日を楽しみにしている」
ヴィンセントはそれだけ言うと立ち上がった。
「夜分に邪魔をしたな。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
部屋を出ていくヴィンセントを視線で見送る。
(当日、ヴィンセントさんにも恥ずかしい思いさせないように、ちゃんと踊れるようにしないと)
カミラはヴィンセントがリードしてくれたのを思い出しながら、紙にステップの順番を書き記すのだった。
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