第29話
シントレアを出て八日後。ようやく一行はエミリスワンに到着した。
シントレアとは違い、まだまだ雪をかぶっているところが多い。さすが雪国だと、ヴィンセントは改めて思う。
馬車で城内に入ると、すぐに他の者達と並んで待っているカミラの父、エミリスワン国王の姿が見えた。何度も文通でやり取りをしていたが、その姿を見るのは降伏条件を飲んだあの日以来だ。
カミラがうずうずしていたので、到着早々エスコートをして馬車から下ろす。すると、カミラは国王のもとに駆け寄り飛びついた。国王は大きな体でカミラの体を受け止めている。
(いい親子だな)
二人の姿を、眩しく思いながらヴィンセントは見つめた。
「お父様!」
「カミラ! 久しぶりだなぁ、元気にしていたか」
「はい! 十分すぎるほど元気です! お父様は? 風邪など引きませんでしたか?」
「ああ。大丈夫だ。無事に帰ってきて嬉しいよ」
「私も、帰ってこられて嬉しいです!」
話をする二人に近づいていくと、国王がこちらに気づいて視線をよこした。ヴィンセントはすぐさま腰を折り、挨拶をする。
「エミリスワン国王陛下。ご無沙汰しております」
「ああ、ヴィンセント君。娘を無事につれてきてくれて、心から感謝しよう」
国王はヴィンセントに手を差し伸べて握手を求める。それに応じながら、ヴィンセントは今回の旅の一番の目的を切り出した。
「今日、どこかで空いているお時間はありますか。少しお話したいことが」
「ああ、そうか。では晩餐のあとでいいかね」
「はい。ありがとうございます」
ヴィンセントの礼を受け入れると、国王はカミラのほうに向き直る。
「カミラ、今日はみんなで豪勢な夕食を食べるぞ。ヴィンセント君にも、うちのとっておきの郷土料理を食べさせてあげよう」
「本当ですか! なら、私も食事の準備を手伝います!」
嬉しそうなカミラの様子に目を細めながら、ヴィンセントはその様子を見守っていた。
賑やかな晩餐を終え、ヴィンセントは国王の部屋へと出向いた。
すでに来ることはわかっていたためか、国王の執務室はドアが開いていた。
「失礼いたします」
「ああ、入ってくれ」
ドアの手前から声を掛けると、国王自らヴィンセントを迎えてくれた。国王の机の前に立つと、国王のほうから先に口を開いた。
「ヴィンセント君。改めて礼を言おう。カミラを連れてきてくれてありがとう。カミラから聞いたが、今回かなり危険を冒したと言うではないか」
「いえ。私も直接国王陛下とお話がしたかったので。他愛のないことです」
「それで……話というのは?」
さっそく切り出された本題に、ヴィンセントは身を正した。
「その件ですが……」
「君、顔つきが変わったな」
「顔つき……ですか?」
思いも寄らない言葉に、ヴィンセントは拍子抜けしてしまう。
「ああ、話を遮って悪い。どこか穏やかに見える。まぁ、そう見えるだけかも知れないが」
「どうでしょうか。私にはわかりません」
「ああ、そうだろう。前回会ったときは……君に、少なからず憎しみを抱いていたからな。私の気持ちの問題かもしれん」
その言葉でヴィンセントの心が一瞬張り詰める。しかし、それを察したのかすぐに国王は顔の前で手を振った。その仕草は、カミラもよくやる。
「今は全く憎しみなどないよ。君は、常に娘を大切に扱ってくれた。今は恩人だ」
「それは大げさです」
「本当にそう思っているよ。では、話を続けてくれ」
「はい……率直に申し上げます。カミラさんを私にください」
「……そう来たか」
口ではそう言いながらも、国王の表情を見るとどこかその可能性も視野に入れていたと見える。一つも動揺していないように見えた。
「父親の私が言うのもなんだが、カミラは真っ直ぐないい子に育った。気遣いは人並み以上にできる。優しい心もある。目に入れても痛くないほどの愛娘だ」
「存じております」
「カミラは、どう思っているか、聞いたか?」
「いえ、これから打ち明けるところです」
「そうか……」
国王は何かをじっくりと考え込んでいた。その妙な時間が、ヴィンセントの緊張感に輪をかける。
しばらく考え込んで、国王は大きく息をついた。
「カミラは、もう一八を越えた。一人の大人だ。私がどうこう言う問題ではないな。カミラの人生はカミラのものだ。カミラが君と生きたいというなら、それに反対することは親の私にもできないことだよ」
「……ありがとうございます」
「少々お転婆なところもあるが、君ならうまくやれるだろう。娘を頼んだよ」
「はい。私の手で、必ず幸せにしてみせます」
ヴィンセントがそう言うと、国王は笑みを見せた。その笑みを見て、カミラの笑顔の優しさは父親譲りだと思う。来世があるなら、こういう人のもとに生まれたいとさえ思った。
「では……私の用件は済みましたので、御暇させていただきます」
「ああ。男として言う。頑張れよ」
「ありがとうございます」
国王に再度深く礼をして、ヴィンセントは踵を返した。
「あ、あと」
国王が再び言葉を発したので振り向くと、さっきとはまた違った、包容力のある笑顔を見せた。
「私は君のことも息子のように思っているから。何かあったら、遠慮なく頼りなさい」
「……はい。重ねて礼を言います、陛下」
ヴィンセントは自然と自分の広角も上がるのがわかった。この親子の温かみが好きだ。もう一度礼を口にして、執務室を出ていった。
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