第13話
この国──シントレア王国──では、身分がはっきり分かれている。貴族、騎士、聖職者、商人・農民、そして奴隷。騎士を用いて他国を侵略し領地を拡大して、奴隷と農民を使って食料の生産量を上げてきた。外から見れば豊かで強く、何不自由ない生活が保証された国。一方で、国内には厳然たる身分差別があった。生まれ持った身分は変えられず、身分をひっくり返すことは万に一つの可能性もない。しかし支配的な領地運営により、抵抗は小さいうちにもみ消され、奴隷や商人、農民たちの財産は限りなく絞られている。まさに支配階級に生まれた国民にとっては、生き地獄であった。
それでもシントレアが今も変わらぬ強さを誇っている理由は、国が誇る屈強な騎士団にある。
鉱石の生産量が非常に高く、それを防具や武器にする技術もある。それに統率の取れた昔からの誇り高き騎士たちがいれば、他国に負けるはずもない。シントレアの騎士の子として生まれるということは、この国の中でもとてつもない名誉であった。
ヴィンセントは、雪がちらつく街を警邏していた。ヴィンセントは自ら志願して、シントレア中央騎士団の騎士となった。王位を継げないのだからどこで何をしていても構わない、と意地悪な父親に言われた際、この国のために自分ができることはないのかと考えた挙げ句、たどり着いたのがこの道であった。当時まだ幼く、国の差別構造を知りもしないヴィンセントは騎士を、ただ国を守る戦士だと思っていた。
(あの頃の……自分の無知さに呆れる)
たとえ雪であっても、商人は店じまいできない。インフラとしての機能を期待されている商人たちは、大地が割れでもしないと定刻より先に閉店とすることはできないのだ。それだけではない、こういう日でさえ働かなくては生きていけないほど困窮していることと、警邏の目があることも大きな理由だ。
商人たちを怯えさせる騎士たちの警邏の眼差し。厳しい規律を頭に叩き込んだ騎士たちは、平時こうした街の巡視をして、治安維持と国民の意識向上に務めることとなっている。この国で上に逆らうことはできない、と見せつけるためでもあった。
「副団長」
「なんだ」
背後から駆け寄り声をかけてきた部下に振り向いて答える。
「西区画、問題ありませんでした」
「わかった。そろそろ引き上げるか」
「はい。号令をかけてきます」
「頼んだ」
部下に頷いて、空から降り続ける雪を見上げる。
(このやり方で、この国は本当に長く存続し続けるのだろうか?)
そう疑念を抱かずにはいられない。町を見回っていれば気づく、特に被差別階級の国民たちの怨嗟に。
その怨嗟がたまりにたまっていつか破裂する日が来ないとも限らない。ヴィンセント自身は、すでにその日が来ると思っている。
(父や兄が気づいているかどうかはわからないが……)
父や兄への反骨精神と、このありさまを見てきたヴィンセントは、いつしかこの国の身分制度に疑問を持つようになっていた。
(早めに手を打たなければ、取り返しのつかない事態になりそうな気がするが……)
ヴィンセントは小さくため息を吐いた。第二王子である自分には、権力はないに等しい。しかも今は、騎士団の副団長である。国の一大事を決める立場にはいない。
(だが、俺がもし第一王子に生まれたとして、俺は国を動かせただろうか)
そういう不安は常にある。父や兄であれば、その権力の重さに打ち震えることはないのかと。それが何も知らないからなのか、胆力があるせいなのかは、未だによくわからないでいた。
自分も引き上げようとしたその時。
(あれは……)
ある商人が売る、玉ねぎが目についた。商人以下の身分の人間しか食べない食材。無論、ヴィンセントも味わったことはなかった。昔から、あのようなものを食べるのは人間以下だと教えられてきた。
それを、カミラは食べた。一国の姫であるという身分にふさわしくない振る舞い。イェシカと話をつけたあとリネアの間に戻ると、カミラの食事はほとんど平らげられていた。根菜ばかり使われた料理を、すべて。
(リーサからこの国の風習を聞いてもなお、食べたと聞いた)
その彼女の貴賤問わぬ行動が、今自分の一番求めているものかもしれない。
(彼女なら、何かを変えてくれるのか?)
そう考えながら、ヴィンセントは早足で歩き始めた。カミラのことを考えたら、すぐにでも彼女の顔が見たくなった。
(近々催事もある。そこで彼女のことをもっと知れるかもしれないな)
いつか手放す時が来るとわかっていても、カミラを知りたいと思う気持ちが止まらない。ヴィンセントは雪の降る中を大股で歩いて帰った。
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