第12話

 翌日。講師と礼儀作法の勉強をしていると、部屋にイェシカが訪れた。昨日とは違い、どこかしゅんとした様子でうつむいていた。

「昨日のこと、謝りに来ました」

「えっ……」

 まさか謝罪があるとは思っておらず、カミラは驚いた。すると、イェシカが勢いよく頭を下げる。

「本当にごめんなさい。私、どうかしてましたわ。あなたに意地悪をいたしました。オーストレームの恥ですわ。存分に罵ってくださいませ」

「いや……そんなつもりはありません。ただ……その、昨日のこと……ヴィンセントさんが関係あるんですか?」

 カミラのその言葉に、イェシカが驚いたような表情を見せる。しかしすぐ、観念したように息をついた。

「……そうね。あなたがいなかったら、私があの方の婚約者になっていたもの」

「だから、私に根菜を食べさせようと?」

「気づいていたのね。ヴィンセント様はあなたに聞かせたくなくて、わざわざ私を連れて外へ出たのに」

「はい、メイドの方に教えてもらいました。私はまだこの国の文化には疎くて……でも、あなたがやりたかったことは、わかる気がします。私が、嫌いだったんですよね」

「ええ。あなたが根菜を食べて穢れて……ヴィンセント様に嫌われればいいって思ったの。でも、こんな私をあの人が好きになるわけがありませんわね。こんな性根の腐った女を、選ぶはずがない」

「だったら、私も選ばれません。私があなたの立場でも、同じことをしたかもしれないから」

「え……?」

 不意打ちを食らったイェシカが、眉間を寄せる。カミラの言葉にどういう意味が込められているのか、はかりかねているようだった。

「……これは、まだヴィンセントさんにも言ってないんですが、私、ヴィンセントさんのことが好きです」

「なっ……あなた、私のこと馬鹿にしているのですか?」

 カミラの言葉を挑発と捉えたイェシカが、唇を歪める。カミラは慌てて手を振り敵意がないことを示した。

「いえ! そういう意味ではなくて……! ただ……私も、自分の好きな人が他の人を婚約者にしたら、その婚約者を恨むし、自分が選ばれたいと思うし、そのためにできることはなんでもしようと思います。だから、イェシカさんも、そうだったのかなって。イェシカさん、ヴィンセントさんのことが好きだったんですよね?」

「……っ、なんでそんなこと、あなたに言われなくてはいけないのですか? ついこの間うちの国に来た、余所者のくせに!」

「余所者だから、私は根菜を食べても穢れません。美味しく食べる方法も知ってます」

「だからなんだって言うのよ!」

「だから……イェシカさんのやったことは、意地悪でもなんでもないです。私にこの国でも美味しい根菜料理を食べさせてくれただけ……そう思うことにしました」

「……私を許すと言うのですか?」

 イェシカはそう言ってきゅっと口を結んだ。カミラはできるだけ心からの気持ちが伝わるように、その瞳をまっすぐと見据える。

「はい。許します。だからこれからは仲良く──」

「靴の件はどうしますの?」

「靴……?」

 聞き返したカミラに、イェシカが小さくため息を吐いた。

「あなたに贈ったあの靴。私の思惑通り、靴擦れしていたでしょう。あれはどうするのよ」

「あれも……意地悪だったんですか? すみません、私、本当の贈り物だと思ってました。初めて履く靴はなんでも靴擦れするし……」

「あの靴で、わざわざあなたの部屋から遠いリネアの間を選んだのよ?」

「このお城は広いから、どこを選んでもそんなものか、って……」

「……本当に気づいてなかったの?」

「はい……」

「……あなた、思ったより鈍いのね。根菜の話に気づいたから、こっちも気づいていると思ったわ」

困ったように笑うイェシカに、カミラは笑顔で答えた。

「鈍いのかもしれないです。だから、それは意地悪とはみなしません、むしろ上質な靴をいただいてありがとうございます。これから履き慣らしていきますね」

「……あなたがそれでいいなら……」

「いいです! じゃあ、これで意地悪の清算は終わったから、私と仲良くしてくださいね? それがイェシカさんを許す条件ですよ?」

「何よ、さっきまでそんな条件なかったじゃない!」

「今つけたんです!」

 2人はそこまで言い合ってから、再び笑い合った。イェシカの心に巣食っていた憎しみが、すーっと消えていく。

「じゃあ私たち、恋敵ですね」

「もう、さっそく嫌味ですの? あなたは婚約者じゃない。あなたの勝ちよ」

「いえ……私、きっと今だけの婚約者なんです。そのうち、きっと国に帰ることになります」

「どうして? そういう決め事なの? それとも何か問題が?」

 なぜか心配そうに聞いてくれるイェシカに、カミラは事情を打ち明けた。今のイェシカなら、打ち明けても大丈夫だと思った。

「そうなの……いい処遇を与えるため、ね。優しいわね。ヴィンセント様らしいわ」

「ですよね。だから私は、今はお飾りの婚約者で、何もなければいつかはヴィンセント様と離れちゃうんです。私達、結構公平な勝負になると思いませんか?」

「……まぁ、思っていたよりは分が悪くない勝負だわ。私もヴィンセント様が好きだもの。簡単に諦めるつもりはないわよ。いいのね」

「はい、私も諦める気はありません」

 カミラはイェシカに手を差し伸べた。イェシカもその手を握る。

「どっちがヴィンセントさんを射止められるか、勝負ですわよ」

「はい、受けて立ちます」

 ここに来たときのしおれたイェシカはいない。カミラはイェシカの笑顔にほっとしつつ、イェシカの手を握り返した。

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