第11話
「お前がシェフに作らせたんだな」
「い、いえ……」
なぜかイェシカはヴィンセントから目をそらし、口元を震わせている。
「ヴィンセントさん……あの、何がなんだか……」
カミラはヴィンセントの背中に問いかけた。するとヴィンセントが振り返り、カミラの目を見て答える。
「詳しいことはあとで話す。イェシカ、別室で話を聞かせてもらうぞ。ついてこい」
ヴィンセントはそれだけ言うと、率先して歩き始めた。イェシカは口元を歪めながら、渋々その後をついて行った。
置いて行かれたカミラに、壁際にいたリーサがすぐさま近寄ってくる。
「カミラ様! かぶと玉ねぎって本当ですか!?」
「はい、本当です。それが何か──」
「お立ちください! このリーサが吐き出させて差し上げます」
リーサが勢いよくカミラにしがみつき、カミラをイスから立たせてくる。カミラは慌ててリーサの手を取った。
「あ、あの! 状況がよくわからないのですが……!」
「吐き出さなければ、ヴィンセント様とのご結婚に障ります! この国では、かぶや玉ねぎなどの根菜は、日に当たらずに育つことで不浄とされ、特に女性には忌物とされているのです!」
「忌物……?」
リーサの深刻な表情で、それが嘘ではないとわかる。
「不浄なものを食べた女性は、穢れ、誰にも愛されず、子供を授かることができないとされてきました。今では庶民こそ食べているようですが、貴族や……王子とのご結婚が控えているカミラ様が食べて良いものではございません」
(こんなに美味しいのに……)
テーブルに並べられた皿を見ると、どれも人参、さつまいも、れんこんなど根菜が含まれた料理がのっている。
「……根菜って、この国ではそんな扱いを受けていたんですね。エミリスワンでは普通に食べていました」
「これも文化の違いです。カミラ様が何も知らないのをいいことに……!」
リーサは悔しそうな表情を浮かべている。
(エミリスワンでは、そういう食べ物はなかったな……)
もともとが食物に恵まれない国、どんな食べ物でもありがたがって食べたものだ。
カミラは、イスに座り直し、もう一度かぶの料理を口に運ぶ。
「カミラ様!?」
「でも、すごく美味しいんです。この料理を用意してくれたシェフの方は、きっとこの食材の活かし方を知っている方ですね」
「ご結婚に差し障ります……」
困ったようなリーサに、カミラは笑顔を作って見せる。
「せっかく用意してくれたお料理、残したくないんです。それに……」
(もともと結婚まではしない関係……きっとヴィンセントさんにも迷惑はかけない)
「エミリスワンで育った私は、全然気にしません。残すのは、美味しい料理を作ってくれた方に失礼ですから。エミリスワンでは、お料理はすべて食べるのが礼儀ですし」
カミラはそう言うと、料理を一つずつ口に運んでいった。
しばらくして、ヴィンセントだけがリネアの間に帰ってきた。
「ヴィンセントさん、おかえりなさい」
「ああ。話がしたい。部屋に戻るぞ」
「はい」
カミラは立ち上がり、ヴィンセントについて歩き出す。
「すべて食べたのか?」
「美味しかったので」
「……そうか」
歩きだすと、かかとが再び痛みだす。
「リネアの間は、遠かっただろう」
「はい、少し──」
部屋を出るより先に、ヴィンセントが振り返った。
「どうしたんですか?」
「……足を見せてみろ」
「えっ?」
カミラが驚くより先に、ヴィンセントが近くのテーブルに並んでいた椅子をこちらに引き寄せ、カミラを座らせる。
そして何のためらいもなく、そのヒールを脱がせた。
「ヴィンセントさん……!?」
「靴擦れを起こしているな。この靴は今日が初めてか?」
「はい……イェシカさんからの贈り物で……」
「……そうか」
ため息をつきながら、カミラに足をいたわるように触れる。
「その……どうして私が靴擦れしているとわかったんですか」
「歩調が不規則だった。だから足をかばっているのだろうと思った」
(そんなことで……?)
ヴィンセントの鋭さに驚きながらも、足を素手で触らせていることに周知と申し訳なさがこみ上げる。
「ヴィンセントさん、あの、離してください」
「これじゃ歩けないだろう。血が滲んでいる」
「ですが……」
ヴィンセントは何も言わず、カミラに背を向けた。
「え?」
「俺があなたを背負って帰る。早く」
「そんな……部屋までは遠いですし」
「構わない。それよりあなたにつらい思いをさせるほうが嫌だ」
(ヴィンセントさん……)
振り向きながら話すヴィンセントの眼差しがあまりにも真摯で、カミラは甘えることにした。
カミラがおぶさると、ヴィンセントは軽々立ち上がる。
「重くないですか……?」
「ああ。訓練で背負う重りのほうが重い」
ヴィンセントの体温を、直接感じる。ここまで近づいたことは、今までなかった。
(ヴィンセントさん……本当に優しい方……)
昨日のことなどなかったかのように、振る舞ってくれる。それだけで、カミラの心は救われた。
「リーサ。先に部屋に帰って、治療の準備をしておいてくれるか」
「かしこまりました」
ヴィンセントはリーサにそう伝え、先に帰らせる。必然的に、カミラとヴィンセントは二人きりになってしまった。
長い廊下はもうすでに夜の準備がされていて、ろうそくは点々としかついていない。
「あの……ヴィンセントさん」
「なんだ?」
「本当に、ありがとうございます。こんな私を気にかけてくださって……」
「当然のことをしたまでだ」
その返答に、昨日と同じ思いがよぎる。
(それは、私が『婚約者』……だから?)
「イェシカの無礼を謝ろう。彼女はあなたが来るまで、俺の婚約者候補の一人だったんだ」
「え……」
「さっき真意を問うたら、あなたに嫉妬したと言っていた。つまらない感情であなたにつらい思いをさせた。俺は彼女を許さない」
「……」
思考がぐるぐるする。婚約者として守ってくれているのは重々わかっているつもりだ。父との約束があったから、よい待遇を約束するために、こうしてくれている。
(でも……)
南征が終わり、いつか婚約者のつとめが終わる日が来ても。
(私はこの方と、一緒にいたいな……)
ヴィンセントの体温を感じながら、カミラはそう思ってしまう。
(どうしよう。私、ヴィンセントさんのことが好きかもしれない)
カミラは自分の気持ちに気づいてしまった。いつか離れることを思うと、胸がぎゅっと締まる。
「今日は部屋に帰ったら、休め。いいな?」
「……はい」
こちらをいたわるような優しい声音に、さらに胸が苦しくなる。
(顔を見られなくて、よかった)
カミラの頬を涙が伝った。これが叶わぬ恋の代償だと知る。
(今だけは、このままでいさせてもらおう)
カミラはヴィンセントにそっと頭をあずけて、目を閉じ、ヴィンセントの体温を感じていた。
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