第35話 ダイン公爵
深夜でも繁華街はにぎやかだ。
アイリスの店は入り口近いにある。会いたいのはやまやまだが、横目で見ながら足を進めた。
王城の反対側にあるのは、反逆容疑者とされた貴族は王城から一定距離を離れないと居住できないからだ。
そんなことをしたところで実効性はないが、見せしめのようなものである。
俺はダイン公爵の邸宅の門番の傭兵に身分証を見せて面会を求めた。
そして上着のポケットから書面を取り出してそれを公爵に渡すように頼んだ。
言うまでもないが、ダイン公爵の屋敷もあきれるほどデカかった。
改めて考えてみると、ここにたどり着くまで、ダンジョンに潜った冒険者のようなものだった気がする。
となるとダイン公爵はラスボスみたいなものだ。
屋敷がデカいのも当然だ。
そんなことを考えていると、門番が戻ってきて俺を入れてくれた。
フィール侯爵同様、屋敷の扉を開けてもらって中に入ると、執事がいて、どうぞこちらにと言われて後について行く。
貴族という連中は、卑しい身分の人間を怯えさせるのが楽しいと見える。
全く趣味が悪い。
通されたのはやっぱり応接室のような所で、冒険者組合の一階の受付フロアくらいある。内装は豪華でフィール侯爵の応接室より華やかだ。さすが王国という感じか。
俺はドアの前でお決まりの法廷の罪人のように立っていた。
しばらくすると、黒で統一されてはいるが、微かに艶がある上下を纏ったいい男が、少し俯き加減に部屋に入ってきた。
フィール侯爵とさほど年は変わらないようだ。
「公爵のダインだ」
俺も名乗って一礼した。
「まあ、掛け給え」
俺は遠慮なく、ダイン公爵の前に座ったが、途端に威圧だ。
これは儀式か何かなのか、俺はフィール侯爵同様それを吸収した。
ダイン公爵は一瞥もせず、表情一つ変えなかった。
「遅い時間に閣下にお目通り願ったことをお詫びいたします」
ふっと公爵は笑い、俺を見た。
「あのヤードを倒した上に守護の魔術までかけて去るとは、今どき珍しい筋の通った男だ」
「彼を消すのは得策ではありませんよ」
俺は少し語気を強めた。
「私は命じていない、功名心に逸った未熟者が負傷しただけだ。余計なことをすれば馬鹿な目を見ることがこれで分かっただろう」
気を付けるのはヤードの方だったな、と俺はホッとした。
「これは返そう。よくこんな物騒なものを私に見せたな。リリアを始末する許可証とは。しかも念入りに皇帝のサインまである」
門番に渡した書面だった。差し出されたそれを俺は受け取った。
「こうでもしないとあなには会えないと思いましたので」
公爵は立ち上がってベルを鳴らすと、入ってきた執事に酒を持ってこいと命じた。
そして唐突にこう言った。
「リリアは失うのは残念だ」
ダイン公爵は落ち着かない様子で、後ろ手に組んで俺の前を左右に歩きながらそう言った。
「それは、あの魔術を失いたくなかったという意味ですか」
いや、と公爵は首を振った。
「利用はしたが、私はリリアがそれで暮らしていければいいとだけ思っていた」
「では、失いたくないというのは閣下自身のお気持ちでしょうか」
うむ、と公爵は俺に背を向けたままで頷いた。
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