第3話 侯爵令嬢リリア

 リリアは兄と同様に魔力が強く、属性が光であったため、将来は聖女もしくはその上の光聖女にもなるかと嘱望されていた。

 性格は優しく真面目、何事にもひたむきに取り組む健気な少女だった。

 兄の侯爵にとっても自慢の妹で可愛がった。

 しかし、侯爵は十五で騎士団に入り二十才半ばから王宮に務めることになったため、年の離れたリリアとはそれほど長い時間を過ごすことができなかった。

 亡くなった先代フィール侯爵は当時、皇帝の家令という重責を担って家にはあまり帰れず、家のことや領地のことなどは夫人が取り仕切り、リリアは専任のメイドと家庭教師と護衛騎士に世話をされていた。

 こうしたリリアの孤独な境遇が、事件を引き起こす遠因となったのかもしれない。


 リリアは護衛騎士のオットーと恋に落ちたのである。

 それ自体は構わなかった。

 護衛騎士はもともと貴族の子弟から選ばれ、オットーも辺境に小さな所領を持つ子爵の長子だった。

 だが、問題はリリアの能力だった。

 光聖女にもなれるかもしれない魔力持ちを、辺境の貴族に嫁がせるということにフィール侯爵は躊躇した。

 そのころリリアはすでに十六才になっており、婚約もしくは婚礼をすることに何の問題もない年齢になっていた。

 そのため、王国の有力な貴族からも婚約の話が来ていたのである。

 父のフィール侯爵は秘密裏にオットーについて調べることを部下に命じ、その間、オットーは騎士団に戻され、リリアも自室から出ることを禁じられたのである。


「私はオットーという男の事は詳しく知らなかった。何分、若いころから出仕して家にはあまり帰れず、たまに帰った折にリリアに会う際に雑談くらいしかしていなかった。ただ、子爵だろうが男爵だろうがリリアがそれでいいというのであれば、俺は構わなかった。父もそのままであれば、結局折れたと思う。母親がリリアには甘かったからな」

「ではなぜ、リリア様とオットー様は結婚されなかったのですか」

 フィール侯爵は目を閉じるとため息をついた。

「オットーの素行に問題があったからだ」

 通常であれば所領のある貴族の子弟は、所領で後継者として政務を補佐するものだが、オットーは王都で騎士団に入団した。

 腕はそこそこ立ち、騎士団中でも頭角を現していたから名家の令嬢の護衛になれたのだが、子爵の所領で侯爵の手のものが調べたところ、オットーは子爵家に務めていたメイドに手を付け、子供がいたのである。

 そればかりか、他にも所領の商家の娘にも手を出しており、そうしたことが発覚したために子爵はオットーを王都に放逐したようなものだった。

 オットーにはアレンという弟がおり、事実上の後継者として父の政務を補佐していた。

 一言で言えば、オットーは子爵家から勘当されていたのである。


 その後、フィール侯爵は子爵に対し、オットーに関する半ば詰問に近い書状を送ったのである。

 これに驚いた子爵はオットーを正式に廃嫡するので、オットーにどのような処分が下されようと、子爵家は問わないと願い出た。

 皇帝の家令となれば辺境の子爵などどうにでもできるが、リリアの評判に傷がついては元も子もない。

 そこでフィール侯爵は子爵にオットーは子爵家の子弟であり、責任は子爵家にある、オットーの始末については子爵家が行うよう通知した。

 数日後、オットーは王都の酒場から帰るところで数人の男たちと喧嘩になり殺され、死体で発見された。

 オットーを殺した犯人は自首し、事件は幕を閉じた。

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