第12話 工房の主

 オロスに着いたのは、朝だった。

 乗り合い馬車は無いのでトマスと馬に乗ってたどり着いた。

 ヒルデを昼に出たのは案内人のトマスが付く時間を計算して助言してくれたからだ。

 オロスには特に泊まるところはないのでトマスの実家に世話になることになった。

 トマスが案内人をやっているのは主に王国の林業関係の役人や商人相手で、それらの人たちのために実家を宿に使っていた。

 俺は来たのは時期が良く、もしも林業関連の人間が来る時期であれば、泊まるところを探すのに苦労しただろうとトマスは言っていた。


 オロスはこれまで色んな人に言われたように何もない寒村で、トマスが言うには五十人もいないだろうというような所だった。

 家も通り沿いに二十軒ほどあるきりで、店も一軒で食事をとるところはなかった。仕方なく一軒の店でパンを買い、それをかじりながらトマスと工房への道を歩くことになった。

「何人くらい働いているんだ」

「常時いるのは女三人で時々、誰か一人加わるようです」

「そんなに少ないのか」

「ここで働こうという若者は村の人間以外いませんからね」

 確かにトマスにしてもここに来るのは案内人としてだけで、生活しているのはヒルデである。


 工房は小屋を少し良くした程度のものだが、村の他の建物ほど古くは無く、明らかにここ十年ほど前に作られた感じだった。

 トマスが工房のドアを叩いて名前を告げると、若い女がドアを開けた。俺は少し離れたところに立っていたが、トマスが女に用件を告げると奥に戻った。

 代わりに四十前後の女が現れ、トマスと俺を見てにこやかに挨拶をした。

「どうぞ、お入りになって」

 トマスは、私は用意があるので家に戻りますといって、俺だけが工房に入った。


 俺は仕事は商人ということにしたが、後のいきさつは事実を話した。

 マヨラムを扱っている店に行き、そこでここに工房があると聞いたこと、帝国で商品を扱えるかもしれないことなどである。

「王国では王女殿下も身に着けられたと聞きましてね。これはブランドの名を帝国で広めるには良いと思いまして」

 工房主はリベルと名乗ったのであの店で聞いたことに間違いはない。しかし、工房主はリリアではなかった。

 年齢もそうだが魔力が無かった。魔力隠蔽を使っていれば俺にはそれがわかるが、それも感じられなかった。

「そうですか、私も王女殿下にお召し頂けるとは思ってもみませんでした。それを店から知らされて驚きましたが、それを励みにして頑張っております」

「私もスカーフ留めを頂きましてとても気に入っております」

「ありがとうございます」

「ところで、作品を帝国でも扱うとしたらそれを許可して頂けるでしょうか。私が懇意にしている商店で、ということになりますが」

 リベルは少し黙り、何か考えているようだった。

「何か問題でもありますでしょうか」

「実はこの工房は私がオーナーなのですが、始めるにあたって出資して頂いた方がおりまして、その方にも相談する必要があるかと思いまして」

 なるほど、そう言うわけか。考えてみれば突然この寒村で宝飾品の工房を開くなど普通ではありえない。

 流通的にもここでやる必然性はない。

「そう言う方がいるのであれば、ご相談は当然です。ところでお聞きしたいのですが、なぜ、ここで工房を開かれたのですか。街でやった方が色々と便利だと思うのですが」

 俺がそういうと、ホッとしたのかリベルは事情を饒舌に語り始めた。

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