第10話 オロスに向かう

 依頼に関して俺はいつも急ぐことはない。今回にしてもいつまでにと期限を切られているわけでもないのは都合がいい。

 それにリリアに帝国に戻るなと伝えることに関してその理由を聞くなというのは、依頼をしておいて妨害しているようなものだ。

 だが、俺は侯爵は意図的にそう言ったような気がした。

 勝手にそう解釈させてもらって、俺が納得いくよう俺のやり方でリリアを見つけ出すつもりだった。


 大使館に顔を出して大使にオロスに行くことを告げ、その後、例の酒場に向かった。

 食後の一杯を楽しみながら、バーテンを相手に架空の仕事の話をした。

 オロスという村に商談にいくのだが、どんな所かと。

「あんな何もない所にどんな商売をしに行くんです?」

「なんでも装飾品の工房があると聞いてね。名前は何だっけな。そうそう、マヨラムと言ったな」

「へえ、そんな所があるんですか」

「なんでも王女様御用達と聞いてね。帝国でも扱いたいと思ってね」

「しかし、ここから行くには少なくとも三日はかかるような所ですよ」

 俺は笑いながら、商売のためならどこへでも行くさと言った。

 バーテンは肩をすくめて、帰ってきたらまた寄ってくださいと、酒を一杯サービスしてくれた。


 昨晩、マヨラムで買ったスカーフ留めを部屋であたらめて見てみた。

 そこで俺は侯爵から預かった物と何か関係があるかもしれないと上着のポケットから出してみた。

 それはケースに入った指輪だった。それを手に取って俺は侯爵がこれを俺に託した理由がわかった。

 確かに普通にリリアに会うには、これは必要だった。


 乗り合い馬車はオロスまではゆかず、オロスから最も近いヒルデという町に向かっていた。

 俺以外に五人ばかり客がいたが、皆どこか疲れ切った表情で無口だった。おそらく街で用事を済ませて帰るところなのだろう。

 商人らしき男が三人で母親と小さな娘がいる。

 道は平たんか少し上りで、山がちなところに行くのが分かった。

 日が暮れて車中には魔石燈が灯ったが、それほど明るくない。手元は暗い感じで、眠るのにはちょうどいい感じだ。気になる者は背を向けて横になればいいくらいである。


 ヒルデまでは一日では行けないので、馬車の御者は途中、道の脇に設けられた乗り合い馬車専用の駐車場に止めて明るくなるまで休む。

 御者は一人だが護衛も兼ねているので、完全には眠らない。それほど危険な経路ではないのだが、たまに小型の魔獣が出るとのことである。

 山間はわりに危険だが、王都からヒルデへの道はそれほど魔獣が住めるところがないので護衛が御者だけでも構わないようだった。

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