第36話 錯覚と理解
人のことは言えないが、馬鹿な男がまた一人と俺は心の中で思わずつぶやいてしまった。
ダイン公爵は執事から酒の入ったグラスを受け取り一口飲んだ。
そして執事に続いて来たメイドは同じものを俺の前に置いた。
「飲みたければ飲み給え」
ありがたく頂いた。薄給の身の上ではなかなか飲めない代物だ。
「こうなった理由はもうわかっておられるのでしょう」
俺はそこで公爵に鎌をかけた。あの書面の真意を確認したかったからだ。
公爵は鋭い視線を俺に向けたが、仕方がないというように話し始めた。
「私は
そう語ったダイン公爵の怒気はすさまじく、部屋が震え、物ががカタカタと音を立てた。
「フィール侯爵が神経質になったのも当然だろう。あれだけの広範囲に情報を把握できる魔術を駆使できる者が
俺は承知しましたと答えた。
「ところでリリアのことだが、どうするつもりだ」
公爵はそう無表情に訊ねたが、俺には公爵が努めてそうしていることがわかった。
「本人次第ですが、リリアは余りに未熟で愚かなのです」
「それはどういうことだ」
俺はこれまでリリアについて知りえたことを公爵に話した方が良いと思った。
リリアの侯爵家での生活やオットーとのこと、イルムとの関りなど俺の考えを含めて伝えた。
「オットーが領地で手を出したのは平民の女だけ、帝都でも商売女と遊ぶくらいでした。それが侯爵しかも軍務卿の令嬢に何かしようとするでしょうか」
「オットーに魅了を使ったのだな」
ダイン公爵は俺の言いたいことを理解したようだった。
「彼女にしてみれば、寂しさを紛らわしたいというだけのことだったのでしょう。それを使うことに深い意味はなかったのです」
「確かに愚かで未熟だ。あの能力は徒に弄んでいいレベルのものではない。彼女はその価値も力の与える影響わからなかったのか」
ダイン公爵はリリアを憐れむようにそう言った。
俺は心の中とはいえ、ダイン公爵を馬鹿呼ばわりしたことをひそかに詫びた。
「リリアの魔力は封じました。なので、マヨラムの石に込められた魔力も徐々に失われると思います」
「それは仕方がない、我々の自業自得だ。それからお前の推察通り、オットーを殺ったのはイルムの手の者だ。オットーの口を封じ、その罪をリリアに着せて縛るという一石二鳥を目論んだのだろう」
「やはりそうでしたか」
ダイン公爵は渋い表情で頷いた。
「これ以降、
ヤードのこともそうだが、俺のことを探ったり付け回していたことも、その余計なことのうちだろう。
これを持っていけ、とダイン公爵は指輪を外すと俺に渡した。
「それを見せれば
その指輪にはダイン公爵家の紋章が彫刻され、公爵の魔力が込められていた。
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