第16話 下町の酒場
真面目に宿と大使館を行ったり来たりでは、つつける藪も限りがあるので、その日は繁華街に足を延ばした。
セレンの繁華街は大きく分けると上町と下町の二か所にあり、上町の繁華街は貴族やそれに連なる商人が多く、下町は庶民の通う所だった。
ここの所、肩が凝るような所ばかりに行っていたので、気晴らしになじみの空気を吸いたくなった。
それで少し離れているが、下町を訪ねてみた。
帝国とは気質は違う所はあっても、庶民はどちらの国でも、誰にも守られず日々の暮らしに明け暮れることは変わらない。
ある意味庶民は残酷な階級である。
冒険者や傭兵も下町を根城にしている者は多い。その方が依頼を受けた時に動きやすいからだ。
俺は屋台の串焼きを買って、そこの親父に聞いた飲み屋に行くことにした。なんでも安くて美味いらしい。
虎の絵の看板が出ているというので、探していくと、さほど歩かずに見つけることができた。
両開きのドアを押して入ると、正面にカウンターがあったので、そこに腰を下ろした。目前にすぐ厨房があり、若い男になんにしますかと言うのでコーン酒を頼んだ。安い酒だからどこにでもある。
「あとは串焼きと酢漬けをくれ」
一杯飲んだら、何か腹にたまるものでも頼もうと思った。
夜には少し早い時間だったが、早めに仕事を終えたかあぶれた連中でそこそこ席は埋まっていた。客は男ばかりだが、それが気楽でいい。
すぐに出てきた酒を飲み、つまみを口にすると大きな息が一つ出た。
特に疲れているわけではないのだが、よほど浮かない顔をしていたのか、一つ席を開けたところにいた冒険者らしき男に声を掛けられた。
「なんだ、そんなため息を聞かされたら運が下がるぜ」
言葉ほどは不愛想でなく、からかうような調子だった。
「いや、すまんな。最近ちょっと気を遣う仕事が続いてたんでな」
「景気が悪いってわけじゃないならいい。俺はヤードっていうんだ」
俺も名乗ってよろしくと言って、酒瓶を持ちあげてを勧めてみた。
「ありがとう。でも、俺はこっちでやっているからいい」
見ると麦酒を飲んでいた。ちょっと景気が良いらしい。
「俺は見ての通り冒険者だが、あんたは違うな。何者だ、いや待て、当てさせろ」
俺は少し背筋を伸ばして笑った。
「わかるか」
「ウーン、商人ぽいが店じゃないな。さしずめ
良い目しているじゃないか、ヤード。
仮とはいえそんな仕事の振りはしているのもお見通しか。
「まあ、そんな感じかな。見習いみたいなものだが」
「駆け出しか。それじゃ疲れるだろう」
「あんたは仕事上がりか」
ヤードはウーンと腕を組んだ。
「結構な前金で受けた依頼なんだが、まだ出番がない」
なるほど、それでこの時間から一杯やっているというわけか。
「ソロでやっているのか」
「組む時もあるが、大概は一人だ。死ぬときは一人でいい」
ヤードはそう言ってニカッと笑った。良い笑顔だった。
そして残りの麦酒を一気に煽った。
「仕事の連絡が入るかもしれないんで、今日は仕舞だ」
「気をつけてな」
「ああ」
そう言ってヤードは金はここに置いたぞ、と厨房に声をかけると店を出て行った。
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