第15話 探しにきた女
翌日、繁華街の入り口にある酒場に久しぶりに顔を出すと、例のバーテンがやってきた。
「旦那、久しぶりですね。オロスに行くと言ってから顔を見ないので、帝国に戻ってしまったかと思いましたよ」
「いや、当分帰れそうにない。片付かない仕事ができてね」
「そりゃ大変ですが、店には好都合です」
「俺も憂さ晴らしにはここはちょうどいい」
「ありがたいことです」
いつもので、聞かれて俺は頷いた。
「しかし、旦那も隅に置けませんね。王都に来てたいしてたっていないのに」
バーテンは酒を俺の前に置くとそう言った。
「なんだ、いきなり」
「旦那がオロス行くと言った二三日後で、女が来て旦那らしき人を探しに来ましたよ」
「俺とはわからないだろう。ここにはいくらでも男は来るじゃないか」
「いや、黒髪の紫色の石の入ったスカーフ留めをしている人と言ってましたからね。私は毎日ここに入っていますが、黒髪でその色のものをしている男と言えば最近は旦那しか見ていませんよ」
なるほど、と俺は頷いて訊ねた。
「どんな女だい」
「若かったですが、訊かれたことを答えるとすぐに行ってしまったので、どんなと言って特徴はあないんですが、なかなかいい女でした。服の感じだと奥さんというよりはまだ独り身に見えましたがね」
認識阻害を使っているのだろう。
そして多分、マヨラムに関係する者だろう。
「それで、なんと答えたのだ」
「正直に答えましたよ。オロスに行くと言ってからここしばらくは来ていないと。そもそも私は旦那が何者かなんてしらないのですから、それ以上答えようがない」
「賢いな」
「バーテンの心得です。客のことを必要以上に聞かないというのはね」
彼の言うことは間違いない。
「しかし、隅に置けないというのは間違いだな。こっちに来てからは女と知り合う時間が無かった。こっちに来るなりオロスに行って帰ってだからな。ようやく休みをもらえそうだが」
「じゃあ、仕事関係ですかね」
「取引先が飲み屋にまで探しに来るようじゃ、休む間もないな」
俺はそう言って笑った。
当分は帰り道に気を付けるか、と思ったが、向こうからくるのは大歓迎である。
藪はつついてみるものだ。
宿につくとメッセージがあるというので、封書を受け取ると侯爵からのものだった。
部屋に戻って開けると為替が入っており、経費として使ってくれとだけメッセージがあった。
報告書を催促だと思ったのかもしれないが、ありがたく頂戴することにした。こういう依頼主ばかりだと仕事もしやすい。
あるいは思った通りに俺が動いてくれていることに対する報酬かもしれない。そう思ってもらえればこちらも助かる。
侯爵であれば、たとえ俺が自分の思った通りに行かなかったとしても返せとは言わないだろう。
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