第25話 イエナジュエリー
俺は泉の周りの道を歩きながら、すれ違う人々の中に微かにリリアの魔力を感じた。それは香りに例えればほんの微かなものだが、甘美な夢を思わせるものだった。
イエナジュエリーの前に立ちドアを開けて中に入ると、俺はマヨラムのブースに歩いて行った。
ソニアは接客をしていたが、俺を見つけると、他の店員にその客を任せて笑顔でやってきた。
「お久しぶりですね。先日はゆっくりお話も出来ずに申し訳ありませんでした。ちょうど他の者が出払っていて」
「いや、お客さんが第一。無駄話は金にならない」
そう言いながら、俺は肝心なことをどう話したらいいか考えていた。
いつもこういう場面には、もっと適任がいるのではないかと思うが、あいにく俺はソロなので自分でやるしかないのだ。
「そんなことはありません。色々とお話ができるのがこの仕事の楽しみでもあるので。ところで今日は何かお探しですか」
そう聞かれてアイリスのことが頭に浮かんだ。
「一人、知り合いの女性に何か送りたいと思ってそれもあってきたので、何か選んでもらえないかな」
ソニアは少し口調を緩めて俺に訊ねた。
「お知り合いですか。それとも特別なご関係ですか」
いえいえ、と俺は手を振った。
「まだ一度しか会っていないので、知り合いみたいなものかな」
「でも、こういったものを贈るのであれば、何か特別なお気持ちがある方が多いので」
なるほど、言わずとも知れるものか。
「いや、こういうのも変だが、これくらいの物でないと文句を言われそうなんだ」
俺は苦笑しつつ曖昧にはぐらかした。
ソニアは何か察したのか、笑みを含んで頷くと、それからはその女性の髪色や瞳の色、どのような服を好まれているのかなどと質問され、わかることはできるだけ答えた。
ソニアはいくつか取り上げては考えた後で、俺の前に二つのブローチを見せた。
石色はアイリスの髪と瞳の色だったが、台が楕円をベースにしたものとオクタゴンをベースにしたものだった。
「どちらがいいかな」
俺はさっぱりわからず、ソニアに丸投げしたが彼女は首を振った。
「それでは私が選んだことになってしまいます。たとえ二つでもお客様が選んだということが、女性には嬉しいものなのです」
アイリスはああ見えて実は女性らしいものが好きではないかとそんな気がした。
「では、こちらの丸い方で」
俺がそう言うとソニアはにこやかに承知いたしましたと言って、それを丁寧に贈り物用に包装してくれた。
それを見ながら、俺はソニアのこの姿を失わせたくないと思った。
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