第32話 顛末と違和感
「あの時は必死でしたが、それでもかろうじて残った冷静さで自失を放ちました。私は逃げて宿になる家に向かいました。万が一オットーがしばらくして我にかえってやって来ても、宿の人に追い返してもらえばいいと思ったのです」
リリアのその考えは間違っていなかった。
オロスへの案内人はそのまま自分の家を宿として提供するし、護衛の役目も果たすのは彼らへの報酬のうちである。
「でも、オットーがやって来ることはありませんでした。私は彼が諦めて帰ったものだと思っていました。それでもこれは一時的なものです。帰りにヒルデで見つかったらどうしようと怯えていました」
翌朝、リリアはヒルデに向かい、ヒルデに着くとすぐに王都に向かう馬車を探したが、見つからず夕刻になるまで待つしかなかった。
リリアはオットーに見つかることを恐れて、できるだけ大勢の人のいる食堂の隅で身を潜めていた。
夕方まで長かったが馬車の準備ができた頃に、オロスから来た案内人らしき人物がオットーの名を言っているのが聞こえた。
リリアは怖かったが、聞こえるところまで行って耳を疑った。
オットーは死んだと言うのだ。
詳しい話は分からなかったが、崖から落ちて亡くなっていたということだった。
リリアは呆然としたが、王都行きの馬車が出る声が聞こえ、そこから逃げるように馬車に乗り込み、翌日王都にたどり着いた。
「私がオットーを殺してしまったのです」
リリアは両手で顔を覆って泣いていた。
「不幸な事故ですよ」
「いいえ、これは間違いなく私が起こしたことなのです。王都に戻って何とか仕事をこなしていましたが、そんな中、イルムさんに呼ばれて行くと告げられました。私には明かさずオロスへの行き帰り、隠密の護衛をつけていたということを」
その護衛がリリアとオットーの一部始終を見ていたとイルムは彼女に告げて、このことは誰にも言わないので、このまま王国で仕事を続けてくれないかと言ったそうである。
リリアはうまく嵌められたと言ってもいい。
イルムは護衛と言っているがリリアを監視していたのだろうし、オットーはその監視役に突き落とされたのは間違いない。
イルムのやり口は汚いが、オットーを憐れむ気にはなれない。
自業自得としか言いようがない。オットーはこの時には、生きていてもリリアにとって疫病神にしかならないような男になってしまっていた。
「それが王国を離れられない訳ということですか」
リリアは力なく頷き、小刻みに震えていた。
だが、俺はそんなリリアを冷静に見ていた。
そして全く同情する気持ちは起きなかった。
何かがおかしいのだ。
オットーやイルムはたしかにろくでなしだが、それはわかりやすい欲望と言って良い。自分にとっての利益を求めたに過ぎない。
俺は、それよりも厄介で危険なものをリリアに感じていた。
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