第40話 さようならリリア

「鏡を見てください」

 俺はリリアを立たせて窓の横にある鏡の所まで行った。

 そこに映る自分の姿を見てリリアは驚き、口に手を当てると身動きもせず、立ち尽くした。

 そして振り向いて俺を見た。

「それが私があなたにかけた魔術です。強制的に姿を変えるにはかなりの魔力が必要ですから、あのように言ったのです」

 ブロンドの髪は漆黒に、青い瞳も濃い茶色に、目元は王国風に涼しげになっていた。

 リリアは今一度鏡をみて頬に触れながらつぶやいた。

「これが私」

「姿は変わってもあなたはリリアです。それはあなたが一番良くわかっていることです。その姿で一からやり直すのです」

 俺はちょっと気になったのでリリアに訊ねた。

「その姿では不満ですか」 

「いいえ。でも、なんだか妙な感じがします。あと、あなたと同じ黒髪ですね」

 リリアは微かに照れたように笑み、わずかに頬を紅潮させていた。


「それで、どうしますか」

 俺は改めてリリアに問いかけた。

「どうするって、何をです」

「もう忘れたのですか。あなたはこのまま王国にいるのか、帝国に帰りたいかと私は訊ねました」

「いつかは帰りたいです」

 リリアは少し涙ぐんだ。

 しかし、すぐに自分を励ますように明るく言った。

「これから仕事を探さないと」

「私の勝手でこんなことをしてしまったので、お詫びというわけではないですが、紹介状を書くので冒険者組合のヘレンという人を訪ねたらいいでしょう」

 俺が紹介したとなればヘレンも無下にはするまい。

 リリアに何か仕事を与えてくれるはずだ。


 別れ間際にリリアは、俺のもとにやって来ると抱きついてきた。

 少し戸惑ったが、俺はそのか細い背中を軽く叩き、何かあったら帝国の冒険者組合に連絡しなさいと告げた。

 見送ろうとするリリアを留め、俺は部屋を出た。

 通りから部屋のある建物を振り返ってみた時、なぜか以前のリリアの姿が目に浮かんだ。

 そして、あの夜腕を組んで歩いたリリアに、俺はさようならを呟いていた。


 大使館に行くと、大使は心なしかほっとしたような表情で迎えてくれた。

 将官の詰所で俺は報告書を作成したが、リリアのことをどう報告すべきか頭を悩ました。

 結局、リリアを見つけ出し、侯爵の言葉メッセージは伝えたとだけ書いておくことにした。


 俺は外に出ると、あの店に足を向けた。

 アイリスに会いたかったからだ。

 例の店の前にはあの時の若い客引きが立っていた。

「旦那、久しぶりですね」

「アイリスはいるかい」

「ええ、もうあの晩からずっとお待ちかねですよ。旦那はなかなかの色男だね」

 余計な口は閉じておけと言って銀貨を放ってやると、客引きはドアを開けてボーイを呼んで何か耳打ちした。

 時間が早いせいか店には前に来た時ほど客はいなかった。

 その方が俺としては気が楽だ。アイリスの稼ぎの邪魔はしたくない。

 前より少し広めの席にしてくれたのは、あの客引きのおかげか。

 ボーイに酒を頼んで待っていると、小走りにアイリスが現れた。

「お久しぶりね。どこで油を売っているかと思ったら、急にこんな時間に来るなんて」

「貧乏暇なしさ」

 そう言ったところで酒が来たので、グラスを掲げて乾杯をした。

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