第5話 娘には、絶対に言わないでね……?
哺乳瓶。
それは赤ちゃんにミルクを与えるための道具。
女性と縁のない俺が触ることなんて、一生ないんだろうなと思っていた。
それを今、握っている。
「バブゥー……」
瓶の中身は温めた牛乳。
本来小さな赤ちゃんには、あげてはならないものだけれど。この赤ちゃんは大きいから大丈夫だ。
『まだぁ?』とグズりだす赤ちゃんの口元に瓶を近づける。
「んっ、んっ、んぐ」
少し口をすぼめるようにして、ミルクに吸い付く赤ちゃん。
チュパチュパ……。
とても幸せそうに目を細めた顔が可愛くて、思わずその頭をふわりと撫でた。
「きゃっきゃっ!」
ああもう。
口を離して喜ぶものだから、牛乳がよだれかけに溢れてしまった。
まったく、もう。
掃除するのは俺なんですからね、ドロシー様。
◇
ドロシー様は、きっと疲れているんだろう。
俺がこの屋敷に来て半年ほどが経った。
お嬢様が学校で勉学に励む間、俺とご主人様はプレイに励む訳だが。
ドロシー様も決して暇ではない。
貴族である彼女の仕事は、多岐にわたる。
自領の管理業務から、所属する魔国とのやり取り。
それに加え、ドロシー様は魔王軍の四天王という役職にも就いている。
領地の近くで、配下の魔族やエルフ達では手に終えないモンスターが出た場合、直接ドロシー様が出張ることもある。
以前にも、ドラゴンが出現しドロシー様が遠征にでたことがあった。
メイド長は、しばらく帰って来ないかもしれない。なんて言っていたから心配したのだけれど。
ちょうど24時間後に屋敷に帰ってきた。
彼女は、寝ず、休まずの強行軍でドラゴンを倒してきては、充血したままの瞳で俺を抱き。
そして失神するように眠っては、またすぐに仕事。
プレイの時間を少しでも捻出しようと、他の全てを捧げているように見える。
これは、よろしくない。
だから少しでも寝てほしくて、彼女に子守唄を歌って寝かしつけたのだが。……それがドロシー様の性癖に爆刺さった。
「ぱ、パァパ……♡……ちんちん♡」
魔王軍の四天王である彼女だが。
今では週一で赤ちゃんプレイをしている。
大変、お気に召したそうだ。
◇
「うっ……!うっ、うっ、ぅっっ……!シモン、うわき、しないで、ね……?」
「大袈裟ですよ、お嬢様。たった3日じゃないですか」
大粒の涙を流すお嬢様にも、もう慣れて。
同情よりも呆れの感情が勝ってしまう。
これからお嬢様は3日間屋敷を離れ、いわゆる職場体験のためにスベリアという友人の屋敷でメイドとして働くそうだ。
学校の課題、とのことだが。当然、お嬢様は反対した。
『嫌だ!嫌だ嫌だーーーっ…………っぇぇ?!』
しかし、スナップをきかせたドロシー様の手によって、あえなく沈黙。
今は泣きながらメイド服に着替え、涙と鼻水を俺の服で拭いている。
……この子、大丈夫かな?
ノーヴィ家以外の敷地に出して良いんだろうか?
ニコお嬢様自身も、相手の家も、どちらも心配だ。
「ほら、早くいってください。俺がついていくわけにはいきませんから」
「うううぅっっっ……!シモンっ、本当、気をつけてねっ。アイツらは獣、だからぁっ」
結局、最後まで泣いていた。
◇
「へへ、アタシはシャイア!よろしくっ!」
「スベリア、ですわ。……あの、アナタ、今晩はお暇かしら?もし良ければ、二人で抜け出さない?」
「ジニーと言います。先輩、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
ニコお嬢様と入れ替わりに、ノーヴィ家にやってきた3人の娘。
彼女たちは、お嬢様のご学友。
職場体験のため、この屋敷で3日間働くらしい。
一応俺も執事として半年働いているので、先輩として彼女達を指導することになったのだが……。
クセが強い面々だなぁ。
「へへへ……お兄さん。可愛いねぇ」
一人目。
俺の胸板や腰に、顔を近づけてニヤニヤと眺める女の子。
ダークエルフである彼女の肌は褐色で、ツヤツヤとした光沢がある。
髪は真っ白で、肌とのコントラストが美しい。
「まったく、ニコめ。こんな素敵なお兄さんを隠してたなんて。ひどいやつ」
彼女の名前は、シャイア・ゴードン。
現在はお下がりなのか、ダルダルのメイド服を着崩していた。
下着がチラチラと見えて目に悪い。
俺の給料でメイド服でもプレゼントしようかなぁ。
「まあ、ニコの家にしては勿体ないほどの執事ですわね……。どうしてあんな馬鹿に……」
二人目。
腕を組み、ポツポツと喋る魔族の女の子。
ストレートの黒髪と真っ白な肌を持つ彼女は、シャイアとは真逆の美しさに溢れている。
「その、アナタ。ニコに仕えるなんて、嫌でしょう……?あの、私の家でよければ、いつでも、雇ってあげますけど……!好待遇で!」
彼女の名前は、スベリア・フォネカー。
少し家系を辿れば魔王につながるほどの名門。フォネカー家の娘であった。
職場体験にも関わらず、ドレスを身にまとい。顔を赤く染めながら、横髪を指で巻いている。
……というか、初日からスカウトするなよ。
するならせめて、最終日辺りにしなさいよ。
「はぁ……君たち、少しは真面目にしようよ。ニコくんのご実家に迷惑をかけちゃいけないよ?」
三人目。
呆れ顔で2人を見つめるハーフエルフの女の子。
緑色を三つ編みにした彼女は、いかにも真面目そうで。メイド服もビシッと着こなしている。
「先輩、これから3日間よろしくお願いします」
彼女の名前は、ジニー・キスギーン。
中流貴族の娘であるが、使用人の俺にもきちんと頭を下げてくれる。
思わずその頭を撫で回したくなるほど、良い子。
唯一この中で、清涼剤と呼べる子であった。
「ははは……まあ、皆よろしくね」
とりあえず、二人には何から注意しよっかなぁ。
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