第24話 魔王様に言いつけてやる……
「もうすぐ、できるからねー♪」
昼下がりのノーヴィ家に、弾んだ声が響く。
声の主は俺のご主人様の、ドロシー様。
現在彼女は魔物の肉をミンチにして、楕円上に纏めたものをフライパンで焼いていた。
いわゆる、ハンバーグ。肉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐり、たまらず涎を飲み込んだ。
彼女自ら手料理を振る舞ってくれるなんて……。
俺は、なんて幸せ者なんだろうか?と喜びに浸る。
……しかし。
「あの、本当に手伝わなくて良いんですか?やっぱり俺が作るべきなんじゃ……」
何度も繰り返した問い掛けを、再度投げかける。
執事の俺が作るべきなんじゃないんですか?ドロシー様に作らせるのは悪いですよ。と。
だって、彼女は忙しい立場。
現代日本の感性ならば、『大臣』とか『知事』とか、それくらい偉い『四天王』という役職についている。
そんな人に、それも敬愛する彼女にご飯を作らせるというのは、幸せながらも居心地が悪かった。
「もう♡うるさいぞ♪シモンくん、もしかして私が料理作れないと思ってるの?」
「い、いえ。そんなことはないですけど……」
俺のほうにチラリと向き直り、彼女は冗談交じりに文句を言ってくる。エプロンをつけたメイド姿の彼女が新鮮で、その姿に少しドキリとしてしまう。
「これでもニコちゃんには、よく料理作ってたんだから。心配しなくても大丈夫よー」
「いえ、ですが執事としては、ちょっと申し訳ないというか……」
歯切れ悪く、ドロシー様に理由を打ち明ける。
俺の屋敷での仕事内容は、『彼女の負担を減らすこと』だと思っている。
忙しい彼女に代わり、家事を行い、育児を協力し。彼女のストレス発散にも協力する。
その仕事の殆どは約得ばかりの、簡単なものではあるが。仕事に対するプライドがないわけではない。
だから彼女に仕事をさせてると、落ち着かないのだ。
「ダメでーす♡シモンくんは休日なんだから、働いちゃダメー♪」
「えぇー……」
けれど、彼女の中では休日に俺に飯を作らせるのはアウトみたいだ。
また振り返っては、パチリとウインクをキメてきた。
そんなドヤ顔を見てしまっては、何も言えない。
「はい、めし上がれ♡」
結局、彼女のハンバーグを美味しく頂いたのだが。
食事中、なにを言うわけでもなく。ドロシー様は両手で頬杖をついて、ニヤニヤと俺を見つめていた。
それは、可愛い子供に向けるような。あるいは、新婚のバカップルのような視線。
「あの、ドロシー様は食べないので?」
「エルフは少食だから♪気にせず、食べて食べて」
「……」
見られながらだと。
やっぱり、ちょっとだけ食べづらかった。
◇
『使えんな!お前はホントに、使えんな!』
『そう、言われましてもねぇ……』
ドロシーの夫、ディークハルトはつい先日のことを思い出し、湧き上がる怒りに歯をかみしめる。
(なぜ、執事一人拐ってこれない!)
それは、執事を餌にして娘を拐う、という計画のハズが。そもそも暗殺者ギルドでは執事を拐うことはできませんと、老婆から告げられたための怒りであった。
『私等も、報酬を前払いいただけるなら本気をだしますが、完全後払いってんじゃ、ねぇ。それでこんな奴らを相手させられるのは割に合わねぇですよ』
ドロシーの夫は暗殺者ギルドに憤る。
力もなければ、プロ根性もないのか……?と。
最早、信頼関係は崩れ去り、お互いに冷ややかな目を相手に向けていた。
『それで、どうすんです?娘がいる時なら、上手くやれば直接拐えるかもしれませんが。前払いいただけるなら頑張りますが、……続けますか?』
『誰が続けるか!もう、お前らには頼らんわ!』
男は吐き捨て、足早にこの場を去ろうとした。
ドカドカと、怒りの感情を露わにした足音が建物に響く。けれど、その音はすぐに止まることになった。
男の前に、女が十人程度立ち塞がったのだ。
たまらず、ディークハルトは後退り顔役の老婆に非難の声を上げる。
『何の真似だ!僕を敵に回すつもりか!?』
『いやいや、そんなことはありませんよ……。しかし、これまでの仕事の代金は頂いておかないとね』
仕事の代金。
暗殺者ギルドからしてみれば、今回の一件は相当な赤字である。人的被害も出ていれば、毎日人を待機させたため出費も膨れ上がっている。
それを払わずに出ていくなど、許されない。
それが、暗殺者ギルドの言い分であった。
『ふざけるな!成功もしてないクセに、金は持っていくというのか!?』
男の言い分としては、報酬は成功した場合の支払いだっただろう?というもの。
男は失敗をするなど考えていなかったため、その辺りの取り決めを行っていなかったが、当然そうだろうと考えていた。
どちらの意見も間違っておらず、ある意味では正しい。そんな拮抗した状況では、常に『力あるもの』が勝利する。
『払う気がないんなら、拐っちまおうかねぇ……』
『な、なにをするっ!離せっ!』
そして、この場の『持たざる者』は男のほう。
結局、彼は暗殺者ギルドに連行され。
住んでいる家から、溜め込んだ宝石類。資産価値のある衣服に至るまで。
資産という資産を吐き出させられる羽目にあった。
◇
「クソッ!」
薄手の、平民向けの麻の服を着ているものだから、ゴワゴワとして気持ちが悪い。
この部屋だって、最悪だ。
行きつけの宿屋にツケで泊めてもらおうと思ったのに、『それはできません』の一点張り。
結局、手持ちの半分近くを使って安宿に泊まっている。けれど、全身が痒くて眠れたもんじゃない。
どいつもこいつも……。
僕を、誰だと思っているのか?
魔王の親戚であり、四天王であるドロシーを支配する、ディークハルト・ノーヴィ様だぞ?
今はトチ狂っているものの、ドロシー……あの男に飢えた獣の、支えになれるのは僕だけ。
それに気がつけば結局、またアイツは僕に頭を下げるだろうさ。
そうなれば、四天王の一角は僕の思うがまま。つまり僕は実質的な四天王。魔王に次ぐくらい、僕は偉い。
誰だって分かる、簡単な論理だ。
それを懇切丁寧に説明してやったというのに、どいつもこいつも理解しやがらない。
低能に囲まれるとは、辛いものだ……。
だが、現実的な問題として。
ドロシーの目が覚めるまで、あるいは離婚調停を有利に進めるまで。
僕には金がない。そして、こんな生活続けられるわけがない。こんな環境じゃ、明日にも死んでしまう。
(と、なれば…………)
断腸の、思いではあるものの。
こうなった以上、直訴するしかない。
離婚の危機、という恥をさらすことにはなるが、ここまで来たら知ったことか。
止めてもらうのだ。
栄えある我が血族の誉、魔王様に直訴して。
「ドロシー……!お前の蛮行も、ここまでだ!」
あんまり僕を、舐めるなよ。
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