第23話 今はただ、退廃に身を委ねて……



「ふざけるな!ボクが、こんなに、こんなに頑張っているのに……!シモン、君は何やってるんだ!」


「お嬢様、落ち着いてください」



 太陽が完全に沈み、空から青色がなくなった頃。

 俺は、訓練を終えたお嬢様に怒られていた。


 いつものように、彼女を膝に乗せ食事を口に運ぶ夕食時。その際に今後のことを話したのだが、それが彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。

 スプーンを口の近くに運ぶと、彼女は苛立ち混じりに『ガチッ』と音を立て噛むように頬張る。

 本来は、行儀の悪さを注意しなくてはならないのだが、それどころではなさそうだ。



「シモン……!ボクは、ボクは君のために頑張ったんだよ……!筋肉痛と闘いながら、涙を流しながら、必死に走ったのに……!」


「頑張りましたね、お嬢様。偉いですよ」


「ふ、ふざけないでよ!」



 本心から、彼女の頑張りを称えたつもりなのだが。

 お嬢様は怒り、真後ろの俺に対し後頭部でグリグリと頭突きをしてくる。

 ……ジニーに舐められた乳首が敏感になってるから、やめてください。勃ってしまいます。



「なんで……!なんでっ…………!」



 もう、お嬢様は怒りを通り越し。

 持て余した感情が瞳からポロポロと零れだしていた。

 今日の出来事が、とても辛かったんだろうな。


 …………お嬢様、ごめんなさい。






「なんで、休日に屋敷に帰るなんて言うのっ!」






「すみません、でも休日なので、俺の好きにしても良いじゃないですか……」



 でも、いくら訓練が辛かったとはいえ。

 馴染みの執事が休日に居ないと困るとはいえ。

 休みぐらい、好きにさせてくださいよ……。

 別に、俺以外にも世話してくれる人いるしね。全員女性だけども。



「ふざけるなー!ボクはっ!ボクは君のために血反吐吐いて頑張ったんだぞー!休日はボクのために使いなさいよぉ!ボクの執事でしょ!?」


「ええ、まあ、そりゃ。もちろんお嬢様には尽くしますけど、屋敷で用事があるもので……」



 休日は貴女のお母様を抱きに行くと決めている。

 ちょっと想定外のハプニングにより、多少性欲は発散できはしたものの。行かないと彼女が悲しむだろう。

 お嬢様には悪いけど、これは譲れない。



「ボクのこと、捨てるんだ!この、浮気者ー!」


「……誰が浮気者ですか。そんな言葉、使っちゃいけませんよ」




 ◇




「と、言うわけで。……大変だったんですよー」



 休日の朝早く、空が白みだした頃。

 俺はドロシー様のいる屋敷に向けて歩き出した。


 お嬢様が居た時とは違い、護衛もつけずに一人で。

 まあ、ただの執事である俺を狙う奴なんていないだろう。何も、問題はない。

 そう、思っていたのだが……。


 めっちゃ、野盗に襲われた。


 主要な山道には、10人くらい盗賊?あるいは山賊が陣取っていて。

 倒すかどうか迷ったのだが、結局迂回することにした。山道ではなく、山の斜面から獣道に逃げ出して。チクチクと尖った草の中を駆け抜ける。

 野盗達も慌てて転げるようにして、獣道を追ってくるが、治癒魔法で無限のスタミナを持つ俺に追いつけるはずがなく。


 そのまま走り続けて2時間ほど。気がつけばノーヴィ家の屋敷についていた。



「け、怪我はない!?」



 そして、ドロシー様には凄く心配された。

 汗まみれで、泥まみれだけども、怪我はない。

 というか体液を治癒魔法にできる俺が怪我をすることはそうそうない。

 でも、今の彼女にそれを言っても無駄なようで。


 結局俺は、彼女の頭の上に持ち上げられながら、風呂場まで持っていかれ全裸にされていた。



「大丈夫ですよ、ドロシー様。治癒魔法を使える俺が怪我するわけないじゃないですか」


「ゆ、油断しちゃダメっ!シモンくんなんて、四天王か魔王が来たらワンパンされちゃうのよっ!野盗がそれぐらい強かったら、一体どうするのっ!」



 そんなに強かったら野盗やってないと思います。

 そんなの、『急にボクシング世界チャンピオンに襲われたらどうするの?』なんて心配するようなもの。

 野生の四天王なんていないし、居ても俺を狙う理由なんてないだろう。



「アナタに何かあったら、私……」


「大丈夫ですよ、まったく」



 この魔国でも有数の実力者である彼女は。

 俺の胸に顔を埋め、震えながら泣いていた。


(…………)


 意外と、ドロシー様は乙女なところがある。

 それはお嬢様の前では、見せない素顔。

 魔王軍四天王であり、普段は母親として凛とした姿を見せる彼女だが。

 本当は、気の弱い。

 普通の女性であることを俺は知っている。



「……ほら、ドロシー」



 そして、そんな彼女を助けてあげたい、と強く思っている。この広い屋敷で、彼女はただ一人の家族である娘と離れ生活することになった。

 夫である男が、帰って来る気配もずっと、ない。


 大変なのは、寂しいのはニコお嬢様だけでは、ないはずなのだ。

 お嬢様も大事だが、同じか、あるいはそれ以上に。この人のことを幸せにしてあげたい。

 だから、辛気臭い顔なんてやめて、笑ってほしくて。


 彼女の耳を両側から摘み、額を合わせながら甘えるように声を出した。



「……パパですよー、赤ちゃんがパパの心配するなんて、ナマイキですよー?」



 せっかくの休日なのだ。

 心配されるだけで一日が終わるなんて、許さない。



「ちょ、ちょっと。……パ、し、シモンくん、今は、違う、違うから……」


「ドロシー様、本当のこと言うとね。……もう、限界なんだ。抱きたくて仕方ない、俺の身体は大丈夫だから、だから、ね?」



 彼女の顔を見ただけで、匂いを嗅いだだけで。

 はち切れんばかりに、情熱が溢れてしまうのだ。

 彼女と離れた今だからこそ、分かる。俺にはドロシーが必要なんだ。



「俺はもう、我慢できない。少し離れただけなのに、凄く辛かったよ……。ドロシー様は違った……?」


「い、いや。それは、私も、そう、だけど……」



 少し困惑した顔を浮かべ、視線を泳がせる彼女。

 俺はもう一度彼女の耳を摘んで、しっかりと目を見つめ。そして、もう一度彼女に想いを伝えた。



「毎夜、アナタのことを考えていた。抱きたくて仕方なかった。ドロシー様は、平気でしたか?」


「そ、そんなことないっ!

 …………わ、私も毎日辛かった。早く、休日が来ないかなって!ずっとずっと!思ってた!!!」





「ドロシーっ!!!」「シモンくんっ!!!」





 最早、言葉はいらない。

 彼女と二人、熱く強く、抱きしめあった。



 俺、シモンはドロシー・ノーヴィの愛人。

 彼女は破綻しているとはいえ、既婚者。

 だから、彼女と結ばれることは決してない。

 この関係だって、いつまで続けられるのか?

 全てが分からない。


 けれど、だからこそ。

 悔いのないように、今はただ彼女を求めて。

 強く、激しく、ドロシーを抱いた。






「パパッ!パパァッ!子ども、産ませてぇっ!」





 今日の彼女は一段と、演技に拍車が掛かっていて。

 大変、熱い夜だった。



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