第25話 アッシーになんて、したくないんです。でも、彼女が許してくれなくて……



「シモンくん、乗りなさい」



 そろそろ学園のほうに戻ります。

 なんて、ご主人様に告げた、昼下がりの時間帯のことであった。彼女はおもむろに後ろを向いたかと思えば、手を後ろに突き出し腰を落とす。

 俺は唾を飲みながら、彼女の背中を見つめていた。


 乗れ?……聞き間違い、かな?

 尊敬すべき主様に乗るなんて、床以外はお断りだ。



「あのー…………ドロシー様?」


「学園まで送っていってあげる。私に乗りなさい」


「いや、それはちょっと……」



 困る、困るっすよ、ドロシー様……。

 どこの世界に、主におんぶしてもらって数十キロ走らせる従僕がいると言うのだ。

 逆ならまだしも。いや、逆でも中々やらんだろう。

 ニコお嬢様にそんなの命令されたら、パワハラされたとドロシー様に訴えてしまう、それぐらいキツい。

 そんな行為を主にさせるつもりはない。

 遠慮がちに、俺は断った。



「俺の足なら2時間くらいで着きますし……。大丈夫です、でも、ありがとうございます」


「いいから、乗りなさい。

 野盗が多い場所に一人で行かせられないわ」


「…………」



 でも、彼女の意思は固いようで。

 有無を言わせない雰囲気をしたまま、おんぶポーズで固まっていた。

 いや、あかんでしょ。色々と……。



「その、誰かに見られたらアナタ評判下がりますよ?流石に、やめときましょ……?」


「大丈夫、目にも止まらない速度で走るから」


「…………」


「さあ、乗りなさい」



 ……元日本人の俺が、押しに強いはずもなく。



「はい……」



 結局、ドロシー号を利用することになった。

 背中を向ける彼女に乗ると、いつも通りの柔らかさが俺を迎えてくれる。

 それは、乗り続けるとケツが痛くなる馬車に比べたら、天国のような心地で。


 とても不敬な感想だけど。

 乗ってみれば、かなり快適だった。



「寝てていいからね?十分くらいで着くと思うわ」


「いや、寝れませんて」



 そう、乗り心地は悪くなかった。

 顔面を叩きつける風と、異様な速度で変わっていく景色。そして主を足に使っているという罪悪感に目をつぶればの話だが……。




「今度から戻るときは屋敷に一報入れなさい。迎えにいくから、絶対一人で来ちゃだめよ?」


「うす……」




 ただ休日に屋敷に戻るだけのつもりだったんだが。

 結局ドロシー様に負担をかけている気がする。

 執事失格だなぁ。



「よろしい♪」



 でも、ドロシー様が楽しそうだからいいか。

 行かなかったら行かないで、彼女もストレス溜まるんだろうしな……。




 ◇




「……じゃあ、また、ね」



 ちゅっ……。

 少し寂しげな彼女から、別れのキスをいただいた。


 お嬢様には会わなくていいのか?と聞いてみるが

『会うとあの子が甘えちゃうから、今は会わない』

 と、俯きながら彼女は答える。本当は会いたいだろうに、どこまでも家族想いな人だ。



「ええ、また週末には連絡いれますよ」



 学校近くの森の中で、しばし抱き合い。

 雷のように移動する彼女の姿が見えなくなるまで、大きく手を振った。





「さて……」





 また、学園での日常に戻ってきたわけだが。

 ……お嬢様、大丈夫かな?

 俺が出かけると同時、スベリア達に引きずられていくところを見たのが最後。

 あれから1日半経ったが、元気にしてるだろうか?



(様子を見に行こうかね)



 今日は休日だから、行かなくてもいいんだが。

 お嬢様が頑張っているのに休日だからと何もしないのも薄情だ。野球部マネージャーくらいのサポートはしてやってもいい。他にやることないしな。



 砦と見紛うほど、大きな学園の扉をくぐり。

 彼女達がいるはずの訓練場へと向かう。


(いるかな……?)


 日も落ちかけた時間帯だから、もしかすると、いないかもしれないな。なんて思ったけれど。



「嫌だぁっっっーーー!!!」



 どうやらまだ残っていたようだ。

 強風に紛れつつ、しかしハッキリと、愚図るお嬢様の声が俺の耳に届く。



(……行くか)



 また、暴れてるんだろうな。と呆れる気持ちもあるが、己を変えようと頑張る彼女を、応援したい気持ちのほうが大きい。

 休日ではあるけれど、愛しいお嬢様のためにサービス出勤してあげるのも、やぶさかではない。


 俺は訓練場に向けて、歩き出した。




 ◇



「いいから、走りなさいよ……!」


「い、嫌だぁっっー!もう足が限界なんだよぉっ!」



 訓練場では、高貴な生まれである二人の少女が取っ組み合いの喧嘩をしていた。

 スベリアは綺麗な黒髪を振り回し、お嬢様はTシャツをビリビリにされながら抵抗している。

 たまらず、二人を諌めるように間に入る。



「お二人とも、落ち着きましょう……」


「し、シモンっ!戻ってきてくれたんだねっ!」


「シモン様っ!?……こ、これは恥ずかしいところをお見せしました」



 互いの髪を掴んでいた二人は、示し合わせたようにパッと手を離し立ち上がる。

 改めて見ると、お嬢様の服装がヤバいな……。

 最早Tシャツはボロキレといった様相をしている。

 そんな格好をさせておく訳にもいかないので、俺は上着を脱ぎ彼女に羽織らせた。



「その、一体どうしたんです?」


「聞いてよ、シモンっ!スベリアったら、ボクにパワハラすんの!足が痛いのに走らせるんだよぉっ!」



 俺の胸に飛び込んでくるお嬢様に服を着せていると、彼女はスベリアに対してそんな文句を放つ。

 足が痛いのに、走らせる。となると問題だ。

 非効率的だし、それで怪我をしてはいけないし。



「スベリア様、本当ですか?」


「べ、別に無理させてるわけじゃありませんわ。

 ……休憩は3時間も、とらせました。なのに、ニコが再開しようとしないから、だから……」


「さ、3時間じゃ足りないでしょっ!もう今日の訓練は終わりって言ってるのに聞かないからっ!」


「だから、それじゃ足りないって言ってるでしょ!?」



 うーむ、また喧嘩が始まってしまった。

 正直どちらの意見も分かるんだよな。俺も部活でランニングさせられたとき足が痛くて嫌だったし。

 でも、そこで萎えてしまったら伸びないんだよな。

 多少は痛みを我慢して走ったほうがいいこともある。

 ちょっと怪我しても、最悪は治癒魔法でも治せる訳だし。(筋肉の成長を阻害するから、筋肉痛くらいじゃ使わないほうが良いけど)



「お嬢様、大変なのは分かりますが、彼女達についていくためにも、もう少しやってみませんか?」


「し、シモンまでそんな事言うの!キミはボクの味方でしょっ!?」


「味方だから、言ってるんですよ。できる限り、サポートしますから」



 そう、お嬢様に提案してみる。

 けれども、彼女のふくれっ面がしぼむ気配はない。



「気楽なこと言っちゃってさ!結局他人事なんだよ。シモンは自分がやらないから、そんなこと言えるんだよ。ボクは、辛いんだよっ!」


「ちょ、ちょっと、ニコ!アナタ、言うに事欠いて、何言ってるんですの……!」



 スベリアも、少し焦ったようにお嬢様を注意する。うーん、なんか彼女に申し訳ないな。今日は、休日とはいえお嬢様を諌めるのは俺の仕事。

 彼女に損な役回りを押し付けるのは、よろしくない。

 仕方なく、俺はお嬢様に代替案を出してみる。



「……もし、今日頑張ったなら一緒にお風呂入ってあげますよ?」


「「えっ!?」」



 以前からお嬢様に熱望されていた、入浴介助。

 彼女の誕生日以来やってこなかったが、ご褒美という形ならばやってもいいだろう。

 お嬢様も頑張っていることだし。



「ほ、本当!?ウソだったら、許さないよ!?」


「まぁ、構いませんよ。背中を洗うだけですからね」


「や、やったーーっ!!!」「そ、そんな……」



 金髪のエルフ少女は飛び跳ね、全身で喜びを表現する。足が痛い、なんて言っていたけれど結構元気だな。



「そうと決まれば、早速やるよ!スベリア、早くしなよっ!!!」


「クソッ……フザケルナヨ……」



 お嬢様に肩を叩かれ、二人は走り出す。

 二人の姿は、とても対照的で。

 お嬢様の足取りは軽く、さっきの姿はなんだったのかと思うほどに軽快。

 なぜかスベリアは重い足取りで、ヨタ、ヨタと苦しそうに動いていた。


 今日の訓練はそれだけハードだったのかもしれない。

 お世話になってるお礼に晩飯にでも招待してあげようかな。俺はお嬢様にあ〜んしないといけないから、あんまり相手もできないけど。

 まあ、今度聞いてみよう。



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