第26話 僕が悪いんですか?男なのに?





 一方その頃、魔国の首都である『バイザービル』

 そのまた中心に厳しくそびえ立つ魔王城にて。

 玉座に座る女と、一人のエルフの男が向かい合っていた。



「ま、魔王様に置かれましては、ご機嫌麗しく!」


「……おう、久しいな、ディークハルト」



 ドロシーの夫、ディークハルトは平身低頭と言った具合にペコペコと頭を下げる。

 どこか情けないその姿に、普段見せる傲慢さは微塵もない。内弁慶である彼は妻以外の権力者に弱かった。



「突然連絡が来たものだから、驚いたぞ、まったく」


「い、いえ、その、へへへ……」



 そんな男を、やっかいそうに見つめる女性。

 彼女こそ魔国、ひいてはドロシー含め四天王を統括する魔王『マリーザ』その人である。

 ディークハルトと共通の祖先を持ち、エルフの血を引く彼女もまた、美醜が逆転したこの世界ではブサイクとされていた。



「……それで、何のようなんだ?お前はあくまでドロシーの楔。それ以上でも以下でもない、それが一人でオレの所までやってきて、一体どうしたと言うのだ」


「それについてですが、ご報告がございます!」


「うん?」



 怪訝な表情を見せるマリーザに対し、男は声を張り上げる。そして、自分が正義だと言わんばかりに、口角泡を飛ばし訴えた。




「ドロシーが、裏切りました!!!」



「…………はあ?」





 ◇





「と、言う訳で、奴は魔王様の親族たる僕と離婚したいなどと言い出しまして!これは魔王様への裏切り行為ですよ!早速処罰するか、ボコボコにして翻意させなくてはなりません!さあ、すぐに動きましょう!」


「お、おお…………」



 僕、ディークハルトは魔王を前にして思う。

 ああ、僕って役者の才能もあったのだな、と。

 これまでに起きた離婚騒動、ドロシーの蛮行。それを余すことなく伝え、その上でコチラが手配した暗殺者ギルドのことは誤魔化して見せる荒業。

 魔王を相手に大立ち回りをする僕の腕には、気がつけば鳥肌が立っていた。自分の才能が、怖い……。



「えーと、そのな。話を整理するぞ?」



 僕の話に酔いしれたかのように、マリーザ様は頭を振りながら話し出す。



「まず、前提として。お前達の結婚関係は破綻していて、ロクに家にも帰ってなかった、と」


「破綻、ですと聞こえが悪いですね。ドロシーのような大ブスと同居はできませんから、仕方なくですよ」


「……まあ、仲が悪いのは知ってたが。ドロシーのようなブスとは同居できんか。そうか、そうか……」



 言葉遣いを誤った魔王様に対しても、僕は臆すことなく訂正をする。なぜならば、僕は忠臣。

 この国のことを思っているが故、トップである魔王の間違いは、許せない。

 魔王は完璧でないといけないのだ。



「で、お前は屋敷にも住まず、愛人も作っていると。ソコをドロシーに責められ、離婚を切り出された、と」


「魔王様!ですから!愛人などと言うのは、おやめなさい。彼女は愛人ではなく、ドロシーとの子作りを協力してくれるパートナーなのです。彼女がいなければ、娘は産まれていなかったでしょう」


「……百歩、いや千歩譲って、それは良いとしよう。しかし、娘が産まれたのは十何年も前だろう?なのに、今だにパートナーとやらと関係があるんなら、それはもう愛人ではないのか?」



 魔王様、いやマリーザは僕に対して人差し指を向けてくる。なんだ?コイツ……。

 話の文脈を理解していないのか?

 大ブスのドロシーとセックス、子作りなんて出来るはずがない。

 と、なれば必然、僕が射精するためにはサポートしてくれる女性が必要なのだ。

 僕のパートナーである彼女は、ドロシーの娘を産む手助けをしてくれた。そんな恩人の彼女を、産んだから用済みとばかりに関係を切るなんて、薄情だろう?だから今でもたまに会って子作りの練習に付き合って貰っているだけだ。

 確かに、多少の金品は渡しているが愛人なんて聞こえが悪い。頭が悪いのか?コイツは……。



「それ、お前が悪くね……?」


「は、はぁっ!?」



 コイツは、なんてことを言い出すのか。

 魔王だからと、親戚だからと。

 多少の粗には目を瞑ってきたが、信じられない。


 アイツは、大ブスで女だぞ?

 僕はイケメンで、男だぞ?

 僕の何が悪いというのか。悪い訳ないだろ。



「オレだったら、浮気しておいてソレを悪びれもしない奴はゴメンだね。まあ、ドロシーと親族関係じゃなくなるのは痛手だが、仕方なし、だな。新しい男でも宛てがってやるか」


「ちょ、ちょっと待ってください!」



 魔王が、ここまで話が分からないとは思わなかった。

 奴は興味なさげに配下の魔族に指示を出し、見合い写真を用意するように告げる。

 マジ……?本気で言っているのか?

 このまま行けば、離婚は免れない。

 その上、ドロシーから金銭も奪えない。

 どうにかしなくては……。



「仮に!仮に、僕が浮気していたからと言って、それがなんです!僕はドロシーと結婚してあげたんですよ!」


「いや、浮気はダメだろ……。それにお前はそんなこと言える立場じゃない。鏡見ろよ」



 クソッ、審美眼のない奴め!


 浮気、浮気がそんなにいけないというのか。

 確かに僕はパートナーの女性と寝ているが、仕方ないだろう、ドロシーなんて抱けるわけないんだから!

 それに、アイツだって何してるかなんて分からない。……そうだ、ドロシーだって、浮気してるかもしれないじゃないかっ!



「お待ち下さい!アナタはドロシーの肩を持ちますが、奴だって浮気をしております!それはいいんですか!?」



 そう、そうだ!あの執事、執事が怪しい。一度娘について行かせたのに、わざわざ屋敷に帰らせるなんて、浮気に違いないっ!屋敷で爛れた生活を送ってるんだ!

 あの、裏切り者めっ!



「ふむ?……まぁ良くはないけど、でも結婚関係破綻してるし、先に愛人作ったのお前だし。お前はドロシーに身体触らせなかったんだろ?なら、浮気してもいいんじゃね?仕方ないだろ」



(……ふざけるなよっ!)


 僕は湧き上がる怒りを必死に抑える。目と眉の間がヒクヒクと痙攣し、知らぬ間に口の中には血が溢れた。

 ようやく分かった、この女は男嫌い、ミサンドリーなのだ。だから女であるドロシーの肩を持ち、男である僕の言う事を聞こうとしないのだ。

 なんて奴だ、それでも人の上に立つ魔王なのか。

 公平さを母の腹に捨ててきたのか?恥を知れ。


 だがそうなると、ハッキリとしている事は、この女を説き伏せるには、ただの浮気ではダメだ。

 何か、何かないか。浮気以外の、何かが。





「しかし、ドロシーのやつが男を作ったのか。意外だな、アイツはプライドが高いから内心見下してくるような男は寄せ付けぬハズだが……。奴のハートを射止めるとは、どんな男なのかね?」





(相手の、男……)



 どんな男か。

 そんな、なんてことない魔王の呟きが。

 僕に、ある閃きをもたらした。

 それは、男性嫌悪である魔王ですら動かざるを得ない、魔王すら駒にする天才的発想。



(こ、これだっ!!!)




「ま、魔王様っ!お聞きくださいっ!奴は、ドロシーは、やはり裏切っております!」


「……もう、お前は帰れ、後で追って沙汰を下す」



 コチラを見ずに、配下に向けて帰らせろと指示を出す魔王。鎧を着た護衛達のプレッシャーを強い。思わず、後退りそうになる。

 けれど、それでも僕は近寄ってくる配下越しに魔王に向けて叫んだ。



「あ、相手!相手の男は『目も眩むような美形で』!そして『人間』なのです!」


「なに?……人間、なのか」


「お、おかしいでしょう!あの、ドロシーの相手がですよ!?きっと、男は人間側のスパイ!そして、ドロシーは誑かされた裏切り者なのですっ!」



 ハァ……。ハァ……。

 人生で一番の大舞台に、たまらず汗が流れた。

 こんなに頭を動かしたのは生まれて初めてだが、伝えるべきことは、全て伝えられたハズだ。

 そうだ。思えば不思議な話であった。

 今まで従順に従っていたドロシーが離婚を切り出したこと。そのドロシーの近くに美形の従者がいること。

 その従者は強く、暗殺者ギルドを持ってしても捉えられないこと。


 どう考えても、おかしい。

 これはきっと、人間側の策略。

 美形な男スパイを使っての、魔国分裂の一手なのだ。

 そう考えれば、全てしっくりくる。

 危ないところだった。魔国に僕という存在がいたことを国民は感謝するべきだ。

 こんなに早く、気づくことができたのだから。


 問題は、目の前の男性嫌悪主義者だが……。



「ふ、む……」



 僕のやることなすことにケチをつける奴ですら、この考えを否定できないようだった。



「ふっ……。形勢逆転、ですね。魔王様、もう一度お願いいたします、あのスパイを探りましょう。そして、裏切り者のドロシーを罰するのです」


「……いい、だろう。怪しい話ではあるが、もし本当ならば一大事だ。調べてやるよ、その執事は普段どこにいる?」


「ドロシーの娘のいる学園と、ノーヴィ家を行き来しているようです。普段は学園ですね」


 調べたところ、アイツは娘のお気に入り。

 学園にも着いてきたようだし、しばらくは学園をメインに生活するのだろう。


「学園、か……。ちょうど、オレの娘が通っている。アイツに探らせてみようじゃないか、その執事とやらをな」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る