第27話 これが俺のモーニングルーティーン


「うぅ~ん、シモ~ん♡」



 俺の首をくすぐる、生暖かい吐息。

 朝の光に照らされて、仄かに浮かび上がる、お嬢様の可愛い寝顔。

 この世界に来てから何百回と繰り返したのにも関わらず、たまに目の前の少女の存在にビックリしてしまうときがある。


 えっ!なんで、こんな美少女が、俺の前で寝ているの!?って具合にな。

 まあ、そういうときは決まって、日本に居たときの夢を見た日だから。その現象は、きっと寝起き特有の脳の誤作動なんだろう。


 この世界に慣れていくにつれて、もう日本の夢なんて見なくなって、そしてお嬢様と眠ることに特別感も感じなくなっていくんだろうな。

 ーーーなんて、思っていたけれど。



(……)



 お嬢様の寝顔を見ていると、やっぱり幸せな気持ちに浸ってしまう。最初の頃に感じた特別感が、褪せることなんてなかった。だから、俺は今幸せなんだろうな。


 目の前の少女の、サラサラの金髪を撫でる。

 えへへ、と寝ながら笑う彼女の顔は、俺の貧弱な語彙では表現ができないほどに可愛らしい。

 起きていると、何かと残念な彼女だが。

 朝の、お嬢様の寝顔を見られるこの時間は、幸せな気持ちに浸れるから好きだ。


 チラリと、窓の外を眺める。

 明るさからすると、まだ7時にもなっていないだろう。……今、動くと起こしちゃうかもな。

 とはいえ、もう一度眠るには中途半端な時間。



「……ふふっ」


「うにぁー……しもぉー……」



 俺はいつも通り。

 少女の寝顔を見て時間を潰すことにした。



 ◇



 俺のモーニングルーティーンは、お嬢様の、全身を使った拘束から抜け出すところから始まる。

 これが、中々どうして神経を使うのだ。

 今の時間は、従者は起きていなければならないが主人が起きるには早いといった時間帯。

 朝の準備があるため、俺は起きねばならないのだが。同じベッドで寝ている関係上、彼女を起こさずにベッドから出ないといけない。


 その日のお嬢様の甘えぶりによって、この難易度が変わってくるのだが。今日は最悪だった。

 お嬢様は両手両足を使い、ぷにぷにとした身体を俺に巻きつけたまま器用に寝ていた。俗にいう、だいしゅきホールドというやつ。



「ふごー……ぷしゅー……」



 まさか俺が、ドロシー様以外にコレをされる日が来るとはな……。やはり親子。潜在的な趣向は似ているのかもしれない。

 こうなると困るんだよな。結構強く抱きしめられているから、ほどくのが楽ではない。



「よっと、……こちょこちょ~」


「ふふ、あは……」



 だが、何百回と繰り返したことで俺は彼女の身体をわかりきっている。

 こういうときは、逆に抱きつき返し。軽く擽ってやるといいのだ。すると……。



「えへ♡えへへ♡」



 彼女は抱きしめる力を弱くして、腋を守るように自然と手の拘束を離してくれる。

 よし、今度はお腹だ。ツルツルのお腹の、その横っ腹を両手でサスサスと上下に揺らす。



「んっ……♡」



 腹を擦られた彼女は、その感触に耐えかねたかのように身体をビクンと跳ねさせながら足を垂直にさせる。

 その一瞬の隙をついて、寝ている彼女の身体を横にゴロンと倒れさせた。


 お嬢様から離れ、俺は一人立ち上がり執事服に着替えだす。時間はかかったが、第一ミッションは成功だ。



「じゃあ、やりますかね……」



 執事の仕事は、早い。

 これから朝食の準備に、お嬢様が今日使う勉強用具、訓練用具。それからお召し物の用意。

 理想はお嬢様が起きるまでに終わらせておくこと。

 この仕事は朝が一番、忙しい。だから、朝が苦手な人ならば結構苦痛かもしれない。



(まあ、俺からすれば、天国みたいな環境だけどね)



 涎を垂らしながら眠るお嬢様の可愛い寝顔を見ながら、俺は思った。




 ◇




「はい、お口開けてください」


「うんっ!あ~んっ♡」



 彼女を起こしたら、まず最初に洗顔と歯磨きからやらせる。お嬢様は洗顔はギリギリやってくれるが、歯磨きは俺にやらせたがる。

 だから、これでええんかな?と思いながらも歯と舌をなぞるように磨いている。



「へへぇ♡」


「泡溢れるんで、喋らんでください」



 歯磨きが終わったら、彼女の髪を漉き整える。

 まあサラッサラの彼女の髪は、なにもしなくても問題はない。殆ど形式的なものだった。


 その次に食事。


 俺の膝に座ったり、日によって対面から匙を運ばせる彼女。今日は膝の上をご所望のようで。

 タックルするように俺に抱きついては、グリグリと頭を埋めながら呟いた。



「しもぉーん、食べさせてぇ……」


「はいはい」



 恒例のことながら、甘えるように。上目遣いで彼女はそう言った。


「へへ……♡」


 こういう可愛げというか、愛嬌があるから、お嬢様は無茶苦茶しても嫌われないんだろうな……。



「あーんっ♡」




 ◇




「シモ~ン。今日も、訓練しないとダメぇ……?」


「それはお嬢様の決めることですよ」



 ご飯を食べさせるまでは、いつもの朝の風景だったのだが。制服に着替えさせ、いざ出発と自室の扉に手をかけた時、お嬢様は俯きながらグズりだした。



「なら、行きたくない。辛いもん……」


「そうですか、では再度スベリア様に相談しましょうか。もしかすると、お嬢様がパーティを抜ける。なんて話になるかもしれませんが……」



 やはり、こうなったか。

 お嬢様は元来、めんどくさがり屋。

 努力などを嫌うタイプのお嬢様がスベリアのパーティとやっていけるのか?という懸念はあった。

 個人的に親交のある彼女達と、パーティを組んでくれたら嬉しかったのだが。それはお嬢様の決めること。

 無理はさせられない。



「うっ、……それは困る、かも」


「困るんですか?そもそも何故、スベリア様のパーティに入ったんですか?」



 元々、スベリアとお嬢様とでは目指す方向性が違うように思える。

 どこまでも高みを目指す、学生以上の何かを追っているスベリア達と。

 ただ周りに言われ、仕方なく頑張っている。そこそこでいいよ、という考えのニコお嬢様。


 確かに、スベリアのパーティに残り続ければ成績も上がり。それはドロシー様の希望にも沿うのだろう。

 けれども、本人のやる気がないのならば。きっとお嬢様は続けることはできない。

 ならば、早めにパーティを解消し、お嬢様のペースで頑張り。他のパーティについては頑張って探す、というのも一つの手ではないかとも思う。


 結局は、お嬢様の意思なのだ。

 だからこそ、スベリアのパーティを選んだ理由を聞いておきたかった。



「そ、それは…………」



 コチラを見ていたお嬢様は、俯き顔を伏せる。

 なにか、言えない理由なんだろうか……?

 普段、底抜けに明るい彼女の、こんな様子は珍しかった。たまらず、肩に手を置き声をかける。



「お嬢様……?」



 声をかけて、数秒お嬢様は黙ったまま。

 けれど急にパッと顔を上げたかと思えば、決意を感じさせる瞳で話し始めた。



「ごめん、ごめんね。シモン……。

 やっぱり、もう少しやってみるよ」


「お嬢様……」



 彼女の心の動きは俺には分からない。

 しかしながら、今までの怠惰な彼女とは思えない強い瞳を見て。

 ……お嬢様は、ゆっくりかもしれないが、ちゃんと成長されている。そんな事に気がついて、とても嬉しくて。思わず、彼女を抱きしめたくなってしまった。



「分かりました、でも、無理はしないでくださいね」


「うんっ!でも、頑張るからさ。

 今日もお風呂は一緒に入ってね?」



 にしし、と笑う彼女は可愛らしい。


 それぐらい、お安い御用ですよ。お嬢様が頑張っているなら、それでやる気が上がるなら。

 文字通り、ひと肌脱がしていただきますよ。

 なんて、少し冗談めかしながら、俺は彼女にそう伝えた。



「えへへっ♡じゃあっ、行ってきます!」



 クルリと扉に向き直り、彼女は扉を開けて出ていった。



「……シモンは……ボクが……守る……絶対……」



 出ていく彼女の顔は、とても真剣で。

 何かを呟いているようにも聞こえたけれど、その内容は俺には分からなかった。



 ◇



「うひひ♡先輩、どうも」


「……おう」



 学園に来てから、俺には新しい日課ができた。

 それは、目の前で爛々と瞳を輝かせる少女、ジニーと行っていること、その行為。


 夜に差し掛かる時間帯、お嬢様が居残りで訓練をさせられている頃。あるいは夕方の時間帯。ジニーが理由をつけて訓練を抜け出した後。



「先輩♡溜まってませんか?ムラムラしたら、いつでも、ジニーを使っていいですからね♡」



 彼女は決まって俺のところにやってきて、蛇のように絡みついては、甘く甘く囁いてくる。

 そんな、可愛がっていた後輩の変貌に、俺はまだ戸惑いを隠せないでいた。

 屋敷での実習のときも、誰よりも真面目に働いていた彼女。そんな彼女が、どうして……。



「ジニー、やっぱりこんな関係良くないよ……」



 熱い吐息を吐きながら、抱きついて柔らかい身体を押し付けてくるジニー。

 そんな彼女に向かって、俺はいつも。定型文のように断りを入れる。けれど……。



「先輩、スベリアのパーティから抜けると、ニコくんが悲しんじゃうよ?いいの?」


「…………」



 俺の股間を擦りながら、流し目で呟くジニー。

 それを聞いて、俺は黙って服を脱ぎ始める。

 これが、いつもの流れだった。







「あぁんっ♡先輩、もっとぉ!」


「……くっ!出すぞっ!」






 頑張っているお嬢様の、邪魔をする訳にはいかない。だから、仕方ない、よな。

 だって、お嬢様のためなんだから。


 俺は、彼女を支えるため。そんな免罪符を使って。年下の少女を犯すことに対して、仄暗い喜びを覚えはじめていた。



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