第28話 ぼっちはカースト社会にて最弱……



「んごぉー……!ふごぉー……!ズピィー……!」



 ドカッ!

 そんな衝撃を頬に喰らい、俺は目が覚める。

 

「……はぁ」


 普通は、夜中にこんな衝撃を受ければ驚いて飛び跳ねるのだろうけれど。もう、慣れてしまった。

 下手人は俺の前にある、可愛らしいあんよ。

 ニコお嬢様の足で。起こされるのはこれで2回目。


 訓練でそれだけ疲れているのか、最近お嬢様の寝相が著しく悪い。向き合うように眠ったはずなのに、気がつけば上下逆になり俺にキックをあびせてきたり。芋虫のようにゴロゴロと回り出したり、大音量のいびきを聞かせてきたり。

 結構、困っている。対策が必要と感じるほどに。


「んに……?」


 どうしよっかなぁ……。

 眠ったまま、起きる気配のない彼女のほっぺたに、グリグリと仕返しをしながら考える。

 このままでは、またキックを喰らって眠れないのは確実。目を瞑るだけでも睡眠効果はあるとは言うが、こんな日々を送っていれば日常に支障が出かねない。


 ……うーむ。どうしよう?



「ぷしゅ……、ふふ……」



 仕方ないので、彼女を強く抱きしめて眠ることにした。これならば勝手に回りだすこともないしな。

 いびきが耳元で響いてうるさいが、それは彼女への愛情でカバーしよう。



「ふごぉー……!ぷぴぃー……!」



 俺の胸元で寝息を震わせる彼女を抱きながら、俺は眠りについた。



 ◇



「さて、今日は何をするか……」



 時間は10時ごろ。

 大分前にお嬢様も送り出し、すでに執事としての雑務も終わってしまった。ぶっちゃけ、夕方まで暇である。

 しかし、暇だからと言って、何もしないのはよろしくない。俺はドロシー様に雇われている立場。毎月、愛人手当の他にも執事としての給料も当然頂いている。

 ならば、この時間も有効活用しなければならない。


(と、なると……)


 俺も、授業を受けてみようかな……?


 ニコお嬢様に限らず、学園に通う子息達の護衛やお付きのメイド達。

 実は、この学園では学べるのは生徒達だけではなく。一部の授業については、生徒の関係者も参加することができるそうだ。

 つまり俺も学園の授業を受けられる、という訳で。


 今までは忙しかったため中々受けに行くこともできなかったが、新しい住居での作業も一段落した。

 一度、授業を受けてみるのもいいだろう。



「よし、行ってみよう」



 ◇



「ご、ごきげんよう……!」


「ええ、ごきげんよう」




 授業のため、訓練場へと向かう道中。

 キャーという、黄色い歓声が渡り廊下に響き渡る。


 それは、すれ違う名も知らぬ女子生徒達から発せられたもの。

 彼女らは、向かってくる俺に気づくとアワアワと慌て始め。不思議そうに俺がソチラを見つめると、振り絞るように挨拶をかけてくる。

 それはそれは、とても恥ずかしそうに俯きながら。


 ……この学園では、男子生徒は何人かいるものの、殆どが魔族かエルフ。人間が珍しいから、驚いているのかもしれない。……つまりは、珍獣扱い。

 普段はお嬢様方としか会っていないから、気が付かなかった。人間は、こんな扱いを受けるのか……。

 嫌われたり、差別を受けているわけではないが。少し居心地の悪さを感じてしまう。


 俺は逃げるように、訓練場まで向かった。



 ◇




「み、見た……!?」


「うん!み、見たっ!」


「本当に居たのね、あれが、美の男神……」



 訓練場まで続く渡り廊下に、3人の女子生徒の興奮した声が響く。

 彼女達が騒いでいる理由。それはまことしやかに学園で噂されている『美と慈愛の男神』その噂の元であろう人と、遭遇したためであった。



「に、ニンゲンって、初めて見たけれど、あんなに美しいのね。ワタシ、思わず呼吸が止まっちゃった……」


「い、いやっ!それは違うよっ!アタシは実家に人間執事とメイドいるけど、魔族とほぼ一緒だからっ!」


「……一般の人間は、魔族と大差はない。

 ならば、やはり彼は人間という種を超越した……」



「「「男神様っ!!!」」」



 ニコのところで引きこもっていたため、学園に名が知れることもなかったシモン。

 だが、授業に参加するようになったことにより、これから彼の伝説は加速していくのであった。



「そうとなれば、彼のことを調べましょう!そしてワタシ達、新聞部で取り上げるのよっ!」


「いいねっ!いいネタになるよっ!これはっ!」


「あわせて、ファンクラブも作っておかない?

 今なら、会員番号一桁は独占できるわ……」



 シモンの預かり知らぬところにて。

 学園新聞部、またの名をファンクラブの手によって、事態がとんでもない方向に向かっていくことを。

 彼はまだ、知らなかった。




 ◇



 訓練場に着くと、そこにはチラホラと人がいた。

 メイド服を着ているもの、いかにも女戦士といった出で立ちのもの。鋼糸を握る執事服の女性。

 多様性に溢れた者ばかりではあるが、どうやら生徒は殆ど居ないようだ。

 今回の授業は、魔法を使わない実践的な格闘訓練。

 生徒でも選択すれば授業を受けることはできるそうだが、やはり護衛達と一緒に、というのは抵抗がある人もいるのかもしれない。



「やっ、よろしくね」


「えっ!?は、はいっ!」



 そんな中、一人だけいた眼鏡の少女。

 おそらく生徒(制服でなく、運動着のため確信は持てないが)の彼女に話しかけたのだが、少し引かれてしまったようだ。悲しき。


 辺りを見渡してみても、ジロジロとコチラを眺める視線は多いものの、仲間内でヒソヒソと話すばかりで俺に声をかけてくるものは誰も居らず。

 やっぱり、肩身が狭かった。

 うーん、ニコ家の護衛の人達も誘って、一緒に来れば良かったかなぁ。でも、彼女達が選びたい授業が一緒か分からんし、仕方ないか……。


 結局、眼鏡の少女含め、周りにチラチラと眺められながら授業の開始を黙って待つ。

 講師の先生が駆け足でやってきたのは、それから十分ほどの時間が経ってからだった。





 ◇





「それでは、訓練のために二人組を作ってください」



「「「「…………」」」」



 授業後、挨拶もそこそこに放たれた講師の言葉。

 その呪文は、訓練場の人間を完全に沈黙させた。

 彼女達は牽制するように辺りを見渡し、お互いを睨みつけたまま動かない。

 ここでコミュ力のあるものは率先して声をかけられるのだろうが、どうやら、この場には陰の者が集まったのかもしれない。誰も動こうとしなかった。



(ま、まずい……)



 そして、それは俺も例外ではない。

 まさか日本の学生時代に喰らった、この必殺技をこの世界でも浴びてしまうとは……。

 スベリア達が居れば、なんとかなったかもしれないが、この場での俺はアウェイ。

 わざわざ珍獣扱いの人間を相手に選ぶ人がいるだろうか……?きっと、いないだろう。

 このまま行けば、消去法でペアを作らされるか、最悪は唯一の余り物として先生と組まされる。

 そんな恥辱は、もうゴメンだ。


 ……ならば、どうするか?

 決まっている、己から声をかけるしかない。


 狙うは、眼鏡を掛けた彼女、唯一の生徒。

 年下のほうが、まだ心理的ハードルは低い。

 心の中の陰キャが羞恥心で苦しむのを押し殺しながら、彼女に向かって声を発する。



「あ、あの……」

「ちょっと、いいかな」



 しかし、俺が声を発すると同時。

 俺のか細い声は、ザワザワとした周囲のどよめきにかき消された。

 思わず俺は、どよめきの方に目線を向ける。


 すると、そこには『男装の麗人』

 そうとしか形容できないような、美しく、それでいて凛とした。フワフワとした金髪の少女が立っていて。

 そして、なぜか彼女は真っ直ぐに。

 身体ごと俺を向き、俺の瞳を見つめていた。



「飛び入りで、参加させてもらったんだけど

 ……キミ、よかったら僕と組んでくれない?」



 俺は思わず、オレ?と自分を人差し指で指してしまう。彼女は真っ直ぐに俺を見つめているけれど。

 俺を選ぶ理由がまるで分からなくて、思わず己を指してしまった。



「そう、キミ。……キミが、いいんだ」


「わ、分かりました。俺で良ければ……」



 優しく、包み込むような微笑みを見せる彼女。

 そんな彼女に対して、俺は思わず敬語を使ってしまう。目の前の男装少女には、そうさせるだけの高貴な雰囲気があった。



「キミ、名前は?」


「シモン、といいます」



 きっと、彼女は雰囲気だけでなく、本当に高貴な人なのだろう。彼女と話しているだけで、周りからの視線は質量を持ったように強くなる。

 ……居心地は、やはり悪い。

 けれど、彼女のお陰でボッチは避けられた。



「よろしくお願いします」



 感謝の気持ちを込めて、彼女に右手を差し出した。



「僕は、テレサ。知ってるかもしれないけど。

 ……まあ、よろしくね、シモンくん」



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