第12話 本当はそんな伝統ないってこと、黙っててね



「「「お帰りなさいませ!ご主人様」」」



 職場体験の最終日。

 そこには、一糸乱れぬ動きで頭を下げる3人の姿があった。



「もう、言うことはない。……頑張ったな」



 俺の言葉に、ジニーはフフン♪と胸を張り。

 スベリアは顔を赤く染めながら、小さく手を前に出し謙遜していた。

 そして、シャイア。


 彼女は感極まったのか、泣いていた。



「う、うぅぅぅ……!」



 単純な掃除などはともかく、礼儀作法では致命的だったシャイア。

 初日から継続してやらせていたが、ダメダメだった。



『おけ、……おけえりなさいます!ごすずんさ!』



 彼女にやる気がなかった訳では、決してない。

 しかし、言い慣れない言葉を喋ろうとして舌を噛み。

 それで慌てたのか、頭を下げるときは不自然なほどに下げる。120度くらいだろうか?

 まあ、3日で直すのは無理だと思った。


 しかしながら、そんな彼女も。今では他と遜色ないくらいに成長した。

 やっぱり、嬉しいもんだなぁ。



「よし、仕事はもういい。今日の昼で解散だから、最後に賄いを出すよ。……お疲れ様」


「「「ありがとうございました!」」」



 やっぱり、彼女達は成長した。

 練習していないセリフでも、こんなに綺麗に揃えられるのだから。


 ……ちょっと、良いものでも食わせてやるかぁ。




 ◇




「今日の昼食は、ヴィシソワーズにローストビーフ、サラダとバニラアイスだ。これなら、火傷しないし完璧だろ?」


「「「…………」」」



 この世の終わりみたいな顔をされた。

 なんでだよ。



「す、スベリア。最後がこれでいいの?いや、今までがおかしかったのは分かるけど……」


「……これで、これでよいのですわ。シモン様の良心につけ込むのは、もうやめましょう………」



 シャイアとスベリアの二人は向き合い、暗い顔でヒソヒソと話していた。

 嫌いな食べ物を見て、『どっちが食べる?』とか言ってんのかなぁ、ちょっとショック。



「……先輩、お願いがあります」


「うん?どうした?」


「実は、私の故郷には伝統がありまして。お別れのときにはアチアチの料理を食べる決まりなんです。冷たい料理でお別れではケチがつきそうで……。だから、良かったらヴィシソワーズをアッツアツにしてくれませんかぁ?」


「そうだったのか……」



 どおりで、反応が悪いわけだ。

 縁起ってのは、結構大事だからな。

 別れの時にはアチアチの料理を食べる。という暗黙の了解を破ったから、彼女たちは黙っているのかもしれない。



「分かった、じゃあジニーのは熱くしておくよ。シャイアとスベリアはどうする?」


「……あ、アタシも!アタシのも熱くして!伝統だから!」


「し、シャイアぁ…………。あの、すみません。ワタクシも、……お願いできますか?」


「かまわないよ、でもお前らはすぐ火傷するからな。気をつけろよ?」



「はぁい♡」「うんっ!」「…………ええ」





 ◇




「まったく、学習しない奴らだなぁ……」



「ふひひ♡すみませ~ん♡」



 熱々に熱したスープを彼女達に渡した後。

 少し用事があったので10分ほど席を外していたのだが。

 戻ってみると、犬みたいに舌をだらんとさせた3人がいた。

 まーた、やったんか。



「じゃあジニー口開けろ」


「はぁい♡……んべぇ」



 彼女達は皆、舌に火傷を負ったそうだ。

 まずはジニーから治療を開始する。



 ちゅっ



「……ねえ、んぐ、せんぱい♡んっ、あっ」


「治療中に、喋る、な」



 彼女の舌の表面を、俺の舌で撫でていく、が。

 ジニーが喋ろうとするものだから、絡まりあって上手くいかない。

 仕方なく彼女の頬を掴み、固定させながら激しく舌を動かした。




「んっ♡はっ♡……ああっ♡」



 舌と舌が絡まり、互いの唾を交換する。

 俺の口は、目の前の少女の唾液で溢れかえり、何度かゴクリと飲み込んだ。


 そのまま、数分くらい。

 唾と唾が絡まり合い、泡状になるまで彼女の舌を舐めていた。




「…………プハッ。もう、大丈夫か?」


「……んー、名残惜しいですけど。そうですね、ありがとうございました♡」



 彼女は大きく頭を下げると、スススッと俺に近寄ってきた。

 そして、耳元で甘く囁く。



「また火傷する機会があったら、お願いしますね♪」




 おいおい……。

 また会おうなら、構わないが。

 また火傷したら、なんて縁起でもない。


 まあ、もしそんなことがあれば、やってやるけどさ。




 ◇




「も、申し訳ございませんわ。何度も何度も……」


「いいよ、もう慣れた」



 スベリアへの治療も、もう4回目になるだろうか?

 毎日やっているものだから、彼女の口の味を覚えてしまった。



 ちゅっ



「んっ♡」



 キスはレモンの味。と聞いたことがあるが。

 その通りだな、と思う。

 彼女の口を舐めると、いつも柑橘類の爽やかな風味があって、美味しい。

 まあ、これは治療だからキスとは違うのだが。




「ふーっ♡ふーっ♡」




 今日の彼女は、いつにもまして呼吸が荒い。

 普段治療のときスベリアは目を閉じているのだが、今日はパッチリと目を開き、潤んだ瞳で俺を見ている。

 なんか、恥ずかしいな。


 彼女は最初こそ遠慮がちにしていたが、何度か舐めていくに大胆になってくる。

 蛸のように口を窄ませては、俺の唇を吸ってきた。




「んちゅ♡ちゅっ♡ちゅーっ♡」




 ああ、こら。

 お前も舌を動かすな。




 ◇




「むふーっ…………お願いします!」


「おう、じゃあやるぞ」



 最後はシャイアだ。

 彼女は大きく口を開き、舌を前側にんべっと出す。

 おお、これはやりやすいな。

 キスをしなくても、舐められそうだ。



 べろっ。



「んあっ♡」



 唾をまとわせ、彼女の舌を舐める度、シャイアは身体を跳ねさせる。

 治療とはいえ、この感触になれないのだろう。

 俺も、人も事は言えない。治療に集中していないと、すぐ勃起してしまいそうだから。



 ちゅっ。



「んっは♡」



 突き出した彼女の舌に唾を絡ませ吸い上げる。

 そして、またデロデロと涎を染み込ませた。




「はぁーっ……はぁーっ♡んっ♡」




 ちゅーーー……。




 結局、最後は彼女の舌も暴れたのでキスのような形になってしまった。

 ちょっとだけ、勃起した。




 ◇




「シャイア、治療は終わりなんだけど。お前に渡したいものがあるんだ」


「渡したいもの?なに?」


「やっと、修復が終わってな。はい、コレ」



 渡す、と言っても。元々シャイアのものなんだがな。

 隙を見て、ちょくちょく手直ししていたソレを彼女に手渡した。




「これって…………!」


「ああ、大事なものなんだろう?」




 彼女がここに来る時に着ていた、メイド服。

 ダルダルで、誰かのお下がりであろうソレは。シャイアにはまだ似合わないけれど。彼女は大事にしていた。


 ドロシー様との戦いでボロボロになってしまったので預かっていたのだが。

 あのままでは、着れんからな……。

 頑張るシャイアへのご褒美として、裁縫で直すことにしたのだ。元の世界でやっといて良かった。



「……え?いや、だって!いつも、仕事見てくれてたのに…………いつ、やったの……?」


「まあ、隙を見て。だよ」



 正直なことを言えば、ジニーとスベリアの件があり。

 ドロシー様には怒られたので時間的余裕はなかった。

 でも、一度手を付けたのに中途半端で渡すのが一番ダサい。だから、ほとんど寝ずに。

 ママのおっぱいを吸いに向かったその足で、裁縫を仕上げた。

 まあ、これくらいはしてやりたかったのだ。



「そんな…………」


「あー、すまん。余計なお世話だったか?」



 サプライズのつもり、だったんだが。

 黙ってやるべきじゃなかった、かなぁ。と少し不安になる。



「ううん、違う。違うの…………。ありがとう、ありがとうございます……!」



 しかし、それは杞憂だったようだ。

 シャイアは泣きながら、また大きく頭を下げた。

 そんな、大げさだなぁ。



「……別に、やりたくてやったことだから。気にするなよ、頑張ったお前へのご褒美さ」


「…………!!!」



 俺が彼女にそう言うと、シャイアは何故か苦しそうに胸を抑えた。

 まるで、昨日のスベリアと同じように。

 とても耐えられない、といった表情で苦悶の声をあげる。




「……うぅぐっ!」


「どうした?まだどこか痛いのか?」


「ち、違うの……。アタシ、なんて馬鹿だったんだろうって……。人の善意につけこんで。さ、最低よ…………」




 苦しげに、言葉を絞り上げる彼女。

 今にも、吐き出しそうなほど顔色が悪い。


 そんな彼女を見ていられなくて。

 力強く、彼女を抱きしめた。




「なあ、シャイア。俺は、キミが凄いやつだって思ってる。だから、あんまり自分を下げるようなこと、言うなよ」


「そんな、そんなことないっ!アタシ、アタシは……」


「ほら、治療するから。もう、喋るな」




 卑屈なシャイアなんて、見たくない。

 だから、悲観的な事をいう彼女の口を黙らせる。



 ちゅっ……。



「んむぅっ!?」



 それでも、彼女は暴れようとしたので、動けないほど力強く彼女を抱きしめた。




「んむっ♡い、いまは、んっ♡やめて♡おかしく、ちゅっ♡なっちゃう♡」


「まだ、お前が、辛そう、だからな。痛くなくなるまで、終わらせないぞ」


「おねがい、んっ♡…………やめてぇ!……ああっ♡」




 ◇




 結局、彼女が笑顔になるまで。

 30分くらい彼女に治療を行った。



「もう、大丈夫か?」



「…………うへ♡うへへ♡らいじょーぶ♡シャイアはらいじょーぶ♡」



 大丈夫みたいだ。

 良かった良かった。


 日数よりも長く感じた職業体験も、これで終わり。

 色々、あったけど。

 最後は皆笑ってくれて、良かったな。



「困ったら、また来いよ……」


「うへへへ♡うんっ♡……また、治療してねっ♡」



 ……お前まで、それか。

 まあ、もしものときはやるけどさ。


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