第11話 理想を押し付けて、ごめん
『昨日は遅刻したんだから、今日は絶対ぜったい遅れないでねっ!遅れたらタダじゃおかないんだからっ!』
今日の昼間のこと。
忙しい中、執務室を抜け出したドロシー様から、固く固く夜の時間に遅れるなと言われている。
だから、今日ばかりは遅れてはならないのだが。
(俺から謝ったほうが良かったかなぁ……)
あまり時間の余裕もない中なのに、風呂から上がって、ずっとボンヤリと考えている。
なぜ、あんなにスベリアに怒ってしまったのか。
自分でもまだ理解できていない。
……理由を考えても分からなかったが、ひとつハッキリしたことはある。
俺って、器小さいんだなってこと。
仕事に私情を挟むなど、よろしくない。年下の少女に無礼されたことなんて、笑って流せばいいのに。
大人のクセに、なんでそんな事ができないかね……。
いや、大人だから。なのかな。
年下に舐められると怒っちゃう、みたいな。
この世界に来て半年も経つのに、まだ日本人の暗黒面が残っていたのかもしれない。
また、仲良くやりたいんだけどなぁ……。
タイミングを逸してしまった感は、否めない。
「はぁー……」
◇
「し、シモン様…………!」
「お、おお。居たのか、スベリア……」
脱衣所を出たら、すぐに彼女に見つかった。
正直、気まずい。
今日はずっと彼女とギクシャクしている。もちろん、『がっかりした』なんて言った俺の責任は大きいのだが。
仲直りする糸口も、まだ掴めていない。
だから、明日の朝。サラリと元の関係のように振る舞うつもりだった。
しかし、ここで会ってしまう、かぁ。
「どうかしたのか……?」
「はい……。その、何度もすみません。やっぱりシモン様に謝りたくて……」
「また、それか……」
俺の、俺の人間が出来ていないのが、一番いけない、のだが。
それでも、少し彼女にウンザリしてしまう。
今日の仕事中、この件は忘れて仕事に向き合おうとしても、スベリアからは的はずれな謝罪が返ってきた。
『金額が足りなかったんですよね?』という言葉を何十回と聞かされたのだ。
そう聞かれて、俺はなんと返せばいい?
違うと言っても、スベリアは話を聞こうとしない。
じゃあ逆に、そうです。なんて言えばよかったのか?
仲良くなりたい相手から金を貰って?
そんなの、不純すぎる。
だから、この話題にはもう飽きたし、続けたくもない。もう、聞きたくない。
「あのさ、悪いんだけど。今日は、予定が入ってるんだ。だから、今はちょっと」
ああ、またそっけない態度をとってしまった。
……ごめん、明日からはまた元通りだから。
横を向き、足早に去ろうとする。
けれど、俺のそんな態度にもめけずに彼女は大きく頭を下げてきた。
「あ、あの!昼間の謝罪とは別なんです!……わ、ワタクシ、なんでもお金で解決しようとしてしまって、だからシモン様にも癖で、そうしてしまって」
「…………」
「だから!シモン様に無礼な態度をとったことと!お金でうやむやにしようとしたことを!謝らせて欲しいんですっ!」
彼女は今日、何度も何度も謝ってきたけれど。
そのどれよりも、今の彼女は真摯だった。
年下の少女にここまでさせている、自分が恥ずかしくなるくらいに。
「スベリア。悪いのは、俺だ。……ごめん、ごめんな」
◇
「これは、綺麗にできてるな」
「ありがとうございます……!」
彼女は謝罪の言葉だけでは足りないと思ったのか、解散になってからずっとベッドメイキングを練習していたらしい。
その成果は、見事なものだった。
「成長したな、スベリア……」
昨日の昼まで、何一つ家事のことなんて分からなかった彼女。
それが、こうまで見事なベッドメイキングができるのか。
俺はホテルマンだったから分かるが、技術の習得というのは簡単なことじゃない。俺がこれぐらいできるようになるまでは1週間はかかった。
このスピード習得を才能という言葉で片付けるのは簡単だけれど。
きっと、必死に頑張ったんだろうな。
「スベリア、お前はすごいよ。……朝は悪かった、がっかりした、なんて言ってさ。嫌な思いさせたよな」
「いえ、そんな!ワタクシがいけなかったんです!あんな、誰かを金で動くと決めつけるようなことを言ったのが悪かったんです!」
「まあ、それは。確かにそうかもしれないけどさ。……やっぱり俺が悪かったんだよ」
今になって、気づいてしまった。
なんでこんなにイライラしたのかが。
「……俺さ。ずーーっと、下っ端だったんだよ」
思い返すのは、異世界に転移する前の記憶。
半ばブラック企業のようなホテルで、一番下っ端としてこき使われていた。
そんな俺は当然ながら、部下も後輩も持ったことがない。
「下っ端だったから、誰かを教育したことなんてなくってさ。お前たちみたいな奴がきて、本当は嬉しかったんだよ。俺みたいなのでも、誰かに教えられることがあるんだなってさ」
本当は、教師になりたかった。
なりたいと思ったときには、もう進路が固まっていて、なれなかったけれど。
誰かを導ける仕事って、素敵だなと思う。
「だから、……会って2日でこんな事言うのはキモいかもしれないけどさ……。お前たちが可愛くてしょうがないよ」
「……へっ?ワタクシ、達が、ですかぁ……?」
「俺からしたら、可愛いのさ。でも、それで多分過剰に期待しちゃったんだろうな……。人間が、すぐに変われるハズがないのにさ……」
スベリアが、会ったときに金をチラつかせてスカウトをかけてきたとき。
コイツやべえなとは思ったが、今ほどムカつきはしなかった。
けれど、一緒に働いて。
真剣に床を磨く彼女を見て、変わってくれたと思い込んだのかもしれない。
金で人を動かすような人間から、尊敬のできる人物に成長してくれたのだと。
そして、その成長に自分が少しでも関われたのならば、こんなに嬉しいことはないと思った。
だから、朝のスベリアの発言にガッカリしてしまったのだ。
なーんだ、変わってないんだ。って。
……彼女からしたら、はた迷惑な話だろうな。
勝手に期待されて、勝手に裏切られた気持ちに、なられるんだから。
「ごめんな……」
「……何言ってるんですか。相手に期待をすることが悪い事のハズがありませんわ。……ワタクシは嬉しいです。シモン様に、期待されて」
瞳に涙を浮かべ、声を震わせるスベリア。
彼女に辛い思いをさせてしまった。
教育係が、私情を挟んで、一体何をやっているのか?
申し訳なくて、傷ついた彼女を癒したくて、たまらずギュッと抱きしめた。
「昼間は、ごめんな。火傷したって言葉を疑ってしまって。今は、痛くないか……?」
「はい、ワタクシは、大丈夫ですわ」
そんなことをいう彼女。
けれど、彼女は右手を胸に当て、どこか苦しそうに見える。
「胸、痛いのか?」
「あっ!……いえ。これは、シモン様に嫌われたと思ったら、途端に痛くなっただけで……。それだけですから……、お気になさらないで」
「そんな、そんな水臭い事言うなよ……」
彼女の顔を見つめ、もう一度強く抱きしめた。
「俺は、お前の教育係なのに……!お前を傷つけたんだ……。だったら、せめて傷の治療くらいさせてくれよ!」
「い、いえ。それは、だって……」
「心臓が痛くなるなんて、辛いだろ。……痛くなくなるまで、治療させてくれ」
「ち、違うの……そうじゃ、なくて……」
「あっ♡」
◇
「かえりましたわ…………」
シモン様に『治療』をしてもらい、私は自室に戻ってきていた。
心配してくれたシャイアとジニーの二人に礼を言ったら、二人は笑って喜んでくれて。
今日は、3人一緒に風呂に入ることになった。
昨日は、オナニーばっかりしていたから、そろそろ身体を洗っておかないといけない。
ゴシゴシと身体を洗う最中、気になって自分の身体を嗅いでみる。
(くさいですわ…………)
フェロモンの塊みたいな、人体特有の嫌な匂いがした。
シモン様にも、これを嗅がせていたのかと思うと、また憂鬱になる。
本当、ごめんなさい、シモン様。
……でも、彼は嫌な顔一つしなかったな。
胸を抑える私を気遣って治療効果のある涎を沢山飲ませてくれた。
それは、今回に限っては逆効果なんですけどね……。
でも、そんなところも、彼のことが愛おしい。
嗚呼、シモン様。
アナタも、同じ月を見ていますか?
アナタは今、なにをしていますか?
◇
「ば、ばぶー」
「よーちよちよち♡ママのおっぱい吸いまちょうね~」
「ん、んぐ、ちゅ」
「シモンくんはダメな子だから、ママが再教育してあげる♡」
ドロシー様との約束に1時間以上遅れた俺は、ぶすくれた彼女に赤ちゃんプレイを強要されていた。
流石に恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
彼女が嬉しそうなことだけは救いだけど……。
もう、遅刻なんてしないよ。トホホ。
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