第10話 決めつけて、ごめんなさい



 人が成長していく姿は、見ていて気持ちがいい。



「シモン様、昨日は大変ご迷惑をおかけしました……」



 それは今朝のこと。

 事前に決めていた集合場所に向かうと、スベリアが一人で立っていた。


 話を聞けば、どうやらシャイアとジニーは寝たまま起きてこなかったらしい。

 まあ色々あったからな、疲れているのだろう。

 起こしに行ってやるか……。


 そんな訳でスベリアと二人廊下を歩いていたのだが。

 彼女は俺に頭を下げ、昨日の件を詫びてきた。



「本当に、失礼なことをしてしまいまして……」


「いいよ、もう……悪いと思っているならそれで」



 一番失礼なことをされたのは、ドロシー様だ。

 彼女に謝ってくれるならば、俺に謝る必要はない。



「いいえ、昨日は大変お世話になりましたから。きちんとお礼をさせてほしいんですの」


「スベリア……」



 成長したな、お前……。

 自分の非を認め、相手を慮ることができるようになったのか。初日にドレスを着て宣戦布告した奴とは思えない。

 たった一日で、ここまで……。



「教育係として、嬉しいよ」


「いえ、遅すぎたくらいですわ。……昨夜ずっと考えていたんです。なぜシモン様は、私にあんなに優しく、情熱的に接してくれたのか……。ずっとずっと考えて、ようやく、分かったんです」


「そうか、そうか……」





「そして、気が付きました。先日の治療の件、報酬を支払っていなかったな、と」





「そうか、そうか…………ん?」


「ワタクシのようなブサイクに、あそこまでする。だなんて理由が分かるのに時間がかかってしまいましたわ♪全く、それならそうと早く言ってくだされば良かったのに……」


「……」


「はい、これが昨日の報酬ですわ♪足りなかったら言ってください。追加しますから。…………それから、今日も昨日と同じく、治療をしてくださるかしら?またポタージュで火傷すると思いますから、頼みますわね。もちろん、報酬は追加で支払いますわ」





 スベリアはそう言うと、宝飾品の詰まった小箱を俺に渡してくる。額にすれば、一億は越えそうな代物。

 しかし……。





「スベリア、お前。何もわかってなかったんだな」


「えっ…………?」


「お前には、がっかりしたよ」





 ◇






「シモンさん!床磨き終わった!」


「おお、よくできてるな。えらいぞシャイア」


「へへへ♡」



「せんぱぁい♡皿洗い終わりましたぁ~」


「うん、いい感じ。流石だなジニー」


「うひひひ♡」





「あ、あの。申し訳ございません……もう一度ベッドメイキング教えてくださるかしら…………」


「……これで10回目だぞ。仕方ないな、じゃあまた後ろから手を掴むから、ちゃんと覚えろよ」



 昨日とは仕事内容を変えて、スベリアにはベッドメイキングをやらせているが中々上手くいかない。

 彼女は、なんというか。

 仕事を教えても謝罪ばかりしていて、上の空なのだ。



「……あ、あのシモン様。きっと額が足りなかったんですわよね……?い、今の手持ちは5億しかないけれど、屋敷に戻れば、100億。……いや!500億までなら出せますわ!だ、だから許して。アナタに嫌われたら、耐えられない……」


「だから、仕事に集中しろ、馬鹿……」




 ◇




「シモンさんっ!ポタージュで舌を火傷しましたっ」


「せんぱいっ♡勢いよく飲みすぎて、食道が痛くなっちゃいました♡どうすればいいですかぁ♡」



 お昼時のこと。

 またもやポタージュが原因で負傷者がでた。

 ちょっと、多すぎじゃないか……?

 俺のスープが悪いのか……?

 夜は冷たいヴィシソワーズにしようかな……。



「……治療してやるからついて来い」


「「はぁい♡」」






「……あ、あの!ワタクシも、や、火傷しました……」




「……スベリアは火傷するかもって言ってたから、お前のスープは人肌に温めてたはずだ。本当に、火傷したのか?」


「い、いや。その、えっと。……ごめんなさぃ…………」




 ◇




 私は、一体何を間違えてしまったのだろう。

 そんなことすら、私、スベリアには分からなかった。



「じゃあ、今日はこれで解散だ。お疲れ様」



 シモン様の労いの言葉。

 それに、昨日は明るく『ありがとうございました』なんて言えていたのに、今日は何故か言葉が出てこなかった。


 ただ、黙ってコクリと頭を下げた。



「……」

 


 シモン様は私を見て、少しだけ何か言いたげにしていたけれど、結局そのまま出ていった。


 ブサイクな私にも、昨日は、あんなに優しかったのに。

 一体、何を間違ってしまったのだろう……?



「ねえ、スベリア。なんか今日シモンさんとギクシャクしてなかった?なんかあった?」


「シャイア…………。いえ、その、別に、何でもありません」



 こういう時、意外とシャイアは鋭い。

 人や雰囲気の変化に聡いのは彼女の美点、だけれど。

 今日だけは、それが少し鬱陶しかった。



「なんでも、ありませんから……」


「……なんでも、ってことは、ないと思うけど?」


「……ジニーまで」



 普段は、人の問題に自分から首を突っ込まないジニー。

 でも、今日は違うみたいだ。

 なんで、こんな時に限って……。

 恥ずかしくて、悲しくて、たまらない。



「あのさ、私は先輩と楽しくイチャイチャしたいんだよね。でも、そんな陰気な顔があったら興ざめ。……だから、なんかあったなら、言ってみなよ」


「…………ジニー」



 ジニーとは、特別仲が良い訳ではない。

 ギリギリ友達と呼べる仲ではあるが、一緒にノーヴィ家に来たのは偶然。

 四天王を一緒に倒そうと誓った、心友のシャイアとは違う。


 けれど、そんな浅い関係の彼女ではあるが。

 だからこそ、純粋に心配してくれるような視線が心地よかった。



「……その、実は」



 今朝、起きたこと。

 それをできるだけ主観を除いて説明した。


 昨日の治療のこと。お金を払っていないのは悪いと思い、お金を差し出したこと。

 けれど、断られたこと。少しだけシモン様の態度が変わったこと。それで仕事に集中できなかったこと。


 洗いざらいぶちまけた。






「それは、スベリアが悪いんじゃないかな?」



 そんな言葉が、ジニーから返ってきた。

 なにが悪いのか。と、他人事みたいな顔をする彼女に少しだけ腹が立つ。



「その、何が悪いというんです?ワタクシには、分かりませんわ……」


「……うーん、例えばだけどさ。シャイアとスベリアは仲が良いじゃない?どうやって仲良くなったの?」


「えっと、それは……」


「アタシがお腹鳴らしてるときに、スベリアが飯奢ってくれたんだよね~。お返しに体育で協力してあげたりしてたら、気がついたら仲良くなってたの」


「そういえば、そうでしたわね」



 初めて、学食に行ったときのことだった。

 ご飯を見つめ。指を咥え、よだれを垂らす彼女。

 そんな彼女に興味を持って、気まぐれに奢ってあげたのがきっかけだった。

 食堂のお金なんて、微々たるものだし。

 それで彼女が笑ってくれるなら、安いものだと思った。



「ご飯を奢る代わりに、協力して貰う。互いに利益のある、いい関係だと思うよ。でも最初にご飯を奢るとき、メリットがあるとかそんな事は考えてた?」


「いえ、そんな訳ないですわ。ただの気まぐれです。……人と関係を持つときに、利益を考えるほど卑しくはありませんわ」


「私は、利益考えるけど……。でも、スベリアみたいな人も多いんだろうね。……そして、それはシモン先輩もそうなんじゃない?」


「えっ?」




「君たちを治療したことに、打算なんてなかったんじゃない?先輩ってお人好しだし。でも、好意から来る行動を、さ。下心満載の商売男みたいに扱われたら腹が立つんじゃないかな?」




「……あっ!!!」




 ジニーのその言葉に、ハッと目が覚めた。

 もしかしたら、もしかすると。

 私はシモン様をどこか見下していたのかもしれない。


 私たちにしてくれた治療。

 あれはお金持ちである私へのアピール。

 お金をせびる行動だと思った。

 だって、私はとってもブサイク。そんな私に、善意の行動で、あそこまでできるはずない、と。

 そう思った。


 けれど、本当に善意で。

 傷ついた私たちをみかねて、傷を治療してくれたなら。

 私の行動は、それに泥を塗るものだったのではないか?


 優しさで動いた人に対し、お金で頬を叩き『これでいいんでしょ?』と、言い出すような。

 どこまでも無礼な真似をしてしまったのではないか?


 そんなことに、今更になって気付いた。




「ワタクシ、……ワタクシは、なんてことを……」


「まあ、先輩は優しいから。きっと謝ったら許してくれるよ、明日謝ればいいさ」


「……いえ!それじゃ、駄目ですわ!ワタクシ、今から謝りに行きます……!」



 今日、逃したら。

 きっと私は変われない。

 そんな気がした。



「ジニー、一生のお願いがあります。ワタクシにベッドメイキングを教えてくださいませんか……?」



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