第13話 勝ち組で、ごめんね(笑)
「あのっ、…………本当に、不躾なのは理解しております。でもっ、やっぱり、ワタクシの家に来てくれませんか?」
ノーヴィ家に止まる帰りの馬車。
3人を乗せることを目的としたソレの前で、スベリアは俺に向かってそう言った。
俺をスカウトしようとする。その言葉。
その話を聞くのは初日のスカウトも含めると2回目になるのだけれど。
初日にスカウトされた時とは、まるで違う言葉のように聞こえてしまった。
あんなに、呆れたのに。あんなに、腹が立ったのに。
今では、揺れ動く自分がいることを否定できない。
「…………」
「ね、ねえ!アタシも……アタシも、来てほしい。スベリアの家だったら、いつでも行けるから……」
黙っていると、シャイアも追い討ちをかけてくる。
俺の袖を掴み、真っ直ぐにコチラを見つめ訴えかけてきた。
……その右手には、俺が裁縫したメイド服を大事そうに抱えていて。
それを見ていると、一緒に馬車に乗りたくなってしまって、思わず横を向いた。
「先輩、私は、もう先輩なしでは生きていけません。責任、とってくれませんか?」
「…………」
でも、横を向いた先にはまた女の子。
ジニーが、暗い瞳でこちらを見つめていた。
彼女もまた、俺の袖を掴んでいる。
前を向けばスベリア。左にはシャイア。右にはジニー。
気がつけば、囲まれている。ちゃんと答えを返すまでは離してはくれないのだろう。
「俺は……」
当然、断るつもりだ。
俺には、お世話になったドロシー様とニコお嬢様がいる。
彼女達に許可なく離れるつもりなどない。
だから、「すまない」と口を開いた。
「…………っ!」
けれど、泣きそうな3人の顔を見て。
やっぱり、口ごもってしまった。
なんで、ハッキリと言えないのだろう。
行く気はない、そう言えば良いだけの話。
簡単だ。とても簡単なことなのに、なぜできない?
そんな俺の気持ちを察したように、優しくスベリアの手が俺の右手に重ねられた。
「迷っていただけている。ということで、いいのかしら?……もし、そうなら、フォネカー家に来てくだされば、後悔はさせませんわ……」
「いや、俺は…………」
「ちょっと、待ったーーーっ!!!」
たった3日離れただけなのに、少し懐かしく感じてしまう。
半年間ずっと一緒にいた女の子の声が響いた。
◇
『ああ、これは敵わないな』
シモン様に飛びつくニコを見て、初めてニコに対して敗北感を覚えてしまう。
普段のアイツはダメダメで、勉強も最下位。運動もブービーくらい。
そんな奴に、負けることは一生ないと思った。
でも、恋愛では負けたのかもしれない。
だって、シモン様のあんなに優しそうな顔を初めて見た。ワタクシ達に見せる呆れたような顔とは違う。
どこまでも甘やかすような、娘を可愛がる父親のような瞳。
それが恋愛感情から来るものなのかは、分からない。
しかしながら優先順位は、私達よりもずっとずっと上なのだろう。そう、思わされた。
「もう職業体験は終わったろ!帰れよぉ!」
シモン様の胸に顔をグリグリと当てながら、ニコは叫ぶ。
そんな破廉恥な行動にも、シモン様は笑うばかり。それどころか彼女の頭をなで上げている。
「お前達、悪いな。せっかく誘ってもらったんだが……。やっぱり俺の居場所はここだから、行けない」
「そう、ですか…………」
「友達の家の執事、誘わないでよ!バカぁ!」
……シモン様、貴方は罪作りです。
初めてのキスは貴方でした。初めて優しくしてくれた殿方は貴方でした。お金で解決する癖を叱ってくれたのも貴方が初めてでした。
初めての経験を沢山くれたのに。私にとっては特別だらけだったのに。
貴方からしたら、それは。
何でもないこと、だったんでしょうか?
周りを見れば、シャイアとジニーの二人も私と同じ顔をしていた。
初恋が終わっていたことに気づいた、絶望。
それを顔面に貼り付けていた。
「まあ、ニコお嬢様の送り迎えとかする時に、また会うこともあるだろうさ。そんな寂しそうにするなよ」
「…………ええ、そうですわね」
私達の気持ちを知ってか知らずか。
シモン様はニコっと笑ってくれた。
……会っても辛いだけかもしれない。
そう、思いつつも。
「3日間、ありがとうございました…………!」
ノーヴィ家でお世話になったことは感謝を伝えておきたくて、深く深く頭を下げた。
◇
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいまっ!」
アフリカか、どこかの国には。
子どもが大きくなるまで、母親が抱っこをする風習があると聞いたことがあるが。
そんな感じだった。
軽い彼女を片腕で抱き上げながら屋敷を進む。
「いやー、もー大変だったよ~。スベリアのお母さん厳しくてさ~。ボクが床磨くまで、ご飯食べさせないって言うんだよ?酷くない?」
「…………磨いたんですか?」
「裏庭のリンゴ、盗んで食ってた!音もなくリンゴを射れるようになったんだよ!褒めて褒めて!」
「うーん、どうしようかなぁ……」
彼女にとっては大変であったことは間違いないだろうから。今叱ることはやめておいた。
「温かいもの食べたい!」なんて健気なことをお嬢様が言うのでコーンポタージュを作ってあげる。
彼女は甘々のやつが大好物なのだ。
「……ね~、アイツらにもご飯作ってあげたの?」
「まあ、俺が教育係でしたから、作りましたよ」
「ま、まさかフーフーなんて、してないよねっ!?」
「はは、してませんよ。そのせいか、火傷したりしてましたね」
「な~んだ!それならいいんだ、それなら!シモン、ボクのにはもちろんフーフーしてねっ!火傷したらいけないんだからっ!」
キャッキャと戯れながら、ニコお嬢様にご飯を食べさせた。
「はい、あ〜ん」
「あ~む♡うーん、最高!アイツらはこんなことできなかったんだろうなぁ。ごめんねっ(笑)」
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