第8話 皆には黙っておいてあげる……
(先輩って、どうしてあんなに優しいんだろう)
私、ジニーは夕食を食べ終え、席を離れた二人を待っていた。
居なくなってから、10分くらい経ったけれど大丈夫かなぁ。
隣りにいるシャイアはポタージュの皿を舐めることにも飽き、現在はスベリアが残していった皿を葛藤しながら眺めている。
「……食べちゃ駄目だよ。それは流石に」
「うっ……食べないわよ。スベリアはアタシに何度もご飯を奢ってくれた心の友。友は裏切らない、……でも、一口なら裏切ったことにはならないわよね?」
まったく、シャイアは卑しいな。
どうしてそんなに食べ物にこだわるんだか。
別に彼女は悪いやつじゃないし、戦闘能力の高さや向上心については尊敬している。
学友であることにはなんの文句もない、のだけれど。
もう少し、品性を身につけたほうがいいよ。
「……バレたら、嫌われるよ。スベリアにも先輩にも」
「それは嫌っ!……分かった、我慢する…………」
問題があるのは、シャイアだけではない。
スベリアだって、そうだ。
彼女は傲慢で、なんだって自分のものになると思っているフシがある。
ドロシー様に殴られて少しは改心したかと思えば、またわざとらしくスープを零して先輩に甘えている。
自分のことが好きなのは、結構なことだけどさ……。
今の君、端から見たら恥ずかしいよ?
君たちの行動は目に余る。
あんなの、先輩が優しいから。
優しすぎるから、許されているだけ。
普通なら嫌われる行動ばかり。
仲良くなりたいなら私のように、コツコツ真面目に働いて良いところを見せるべきなんだ。
治療の名目で、仲良くなろうとするなんて卑怯だ。
恥を知れ、恥を。
ガチャ。
扉が音を立て、そこから二人が現れる。
やっと帰ってきたのか……。
…………ん?
近くないか……?
二人の距離、近すぎないか……?
「はぁ……♡はぁ……♡シモン様……ごめんなさぁい♡」
「全く、治療で漏らすなんて、ダメダメだなぁ。後2日でお前が独り立ちできるくらい、みっちりしごいてやるからな」
「……う、ウヒ、ウヒヒヒぃ♡」
スベリアはスープを零したためか、新しいメイド服に着替え。
先輩に抱きつくように、ヨタヨタと歩いていた。
二人の会話は、まるで情事の後の様。
囁くように甘く話していた。
先輩の、逞しく肉のついた、美しい身体。
執事服の襟から覗く、妖艶な首筋。
そこに恥知らずなブサイク女の、上気した息がかかる。
……その姿に、思わずギュッと拳を握った。
なんで、私じゃ駄目なんだ…………。
なんで、なんでなんでなんで…………!
「じゃあ、この後の予定だが」
ーーー飯ーーー風呂ーー19時以降ーーーーー
「ジニー?」
急に、名前を呼ばれハッと意識が戻ってくる。
「え?あ、はい!」
「どうした?俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
「……えっと」
聞いてなかった。
考えるのに夢中で、聞いてなかった。
言わなきゃ……。
ちゃんと、聞いてなかったと、言わなきゃ……。
「す、すみ」
グッ、と詰まって。
なぜか、それ以上言葉が出てこなかった。
「き、聞いてました!!!」
◇
「あ~、し・あ・わ・せ。ですわ~。とっても胸と股間が熱いですわ~」
「……アタシこんなに満たされたの、初めて。ここで働けないかなぁ?……もう魔王になれなくてもいいから、シモンさんの下で働きたいなぁ。そして、いつかお仕置きエッチされちゃったり……♡うへへ♡」
あの後すぐに解散となり、私達3人は与えられた部屋でゴロゴロしていた。
使用人なので当然ながら相部屋。
でも、普段なら相部屋に文句を言っているであろうスベリアは、なぜか上機嫌。
枕を抱き枕のように抱え、右に左に転がっていた。
一方、シャイアは毛布でくるまり、どこか怪しげにモゾモゾ蠢いている。
「ああんっ♡シモン様っ♡おやめになって♡スベリアは限界にございますっ♡……そんなっ♡無体なぁ♡いけませんっ♡このままではアナタの顔にぃっ♡」
「うへへへ♡今夜は眠れないかも♡朝までオナニーできちゃう♡おヘソの感覚思い出すだけでイケちゃう♡」
「チッ」
……猿どもめ。
ベッドで横たわる二人は、与えられたメイド服を雑に脱ぎ裸になる。
奴らが、これからナニをするかなんて明白。
抗議する気持ちすら起きなくて、私は部屋を出ていった。
今日は、疲れた。
風呂に入って、すぐ寝よう……。
◇
…………
…………………
「あれ?今ジニー出ていった?」
「……みたいですわね。お風呂かしら?」
「いや、でもさ……」
「この時間帯は男が使うから入るな、ってシモンさん言ってなかったっけ?」
◇
「ふぅ…………」
ノーヴィ家の脱衣所に私の暗い声が響く。
思わず、漏れてしまうため息は何を思ってなんだろう。
『学友の蛮行に巻き込まれたから?』
『学友が部屋でオナニーし始めたから?』
『シモン先輩が、私だけ撫でてくれないから?』
『シモン先輩との間に、壁を感じているから?』
『頑張っている私が、報われないから?』
多分、そのどれも正解なんだろう。
ブサイクとして生まれ落ちた私が、誰かに愛されたいと思うことは間違っているのかもしれない。
努力すれば愛してくれるなんて幻想は、かなり前に捨てている。
だから、シモン先輩に会ったときだって期待なんかしなかった。
好かれたい、よりも嫌われたくない。
ブサイクな私には、それだけで十分だった。
十分だった、のに……。
……。
…………。
………………。
また、思考がループして意識が飛んでしまった。
早く、風呂に入ろう…………。
ガラスでできた風呂場の扉、その前に立つと薄ぼんやりと中に人がいることが分かる。
他の使用人の方、だろうか。
まあ、気にすることはない。
私はガラガラと、戸を開けた。
「えっ?」
「……えっ?あっ、ご、ごめんなさい!!!」
全裸。
全裸のシモン先輩がそこにいた。
なんで、なんでなんでなんで!
ここ女子風呂でしょ?なんで、先輩がここに……。
シモン先輩が間違えた……?いや、なにか違和感が……。
なんで、なんで…………。
『ーーー飯を食べ終わったら、風呂に入っておけ。ただ、今男子風呂が壊れてて、女子風呂を時間帯で分けて男女で使ってるから。お前たちが入るのは19時以降にしてくれよ。…………ジニー?どうした?』
あっ!!!??
思い出した…………。
シモン先輩が言っていた、じゃないか。
風呂を時間帯で分けて、使ってるって……。
じゃあ、じゃあ今の、私は……。
「す、すぐに出ます!」
「あっ」
何か聞きたそうな、先輩の声を振り切ってガラガラと扉を締める。
早く、早く着替えてここを出ないと……。
脱衣所の籠に入った服の中からパンツをひっ掴み。
足に通していく。
だが、その瞬間近くで物音がした。
ガチャ。
(ま、まずい……!)
開かれたのは、通路側。
シモン先輩が居る浴室とは逆の方向。
この時間に入ってくるってことは、男の可能性が高い。
シモン先輩だけなら、黙っていてくれるかもしれないが他の人はそうではないだろう。
もし、修行先のノーヴィ家で男子風呂に混ざろうとしたなんて風聞が立てば…………。
せめてパンツだけでも履こうとするが、変な力がかかって思うように履けない。
こ、このままじゃ…………。
硬直し、動けない私。
そんな私の身体は、何かに動かされ。
壁にドン!と押し付けられた。
「隠してやる、誰かに見られたら、困るだろ?」
(あ、あわわわ、はわ、ほわわっ!?)
全裸の男。
視界の80%が、全裸のシモン先輩で埋まっている。
彼は私を隠すため、大きなバスタオルを広げ。
壁側にいる私と向き合いながら、その身で私を隠してくれた。
風呂上がりの、汗の滲んだ身体を私に晒しながら。
「しばらくこうしてて……。後でこっそり出してあげるから」
騒ぎにならないよう、隠してくれるというの……。こんな、ダメな私に全裸の姿を見られてまで……?なんで、なんで先輩はそんなに優しいんですか……?
「ご、ごめんなさいっ……!」
「静かに、あんまり声出さないで……」
思わず頭を下げた。
その先にシモン先輩の胸板があり、彼の身体にぶつかってしまう。
ぷに。つんつん。
「はぐっ……。んっ♡ぐっ♡」
声を出すな。
そう言われてはいるが、無理かもしれない。
目の前には、見たことないくらい美しい、それでいてお世話になっている身近な人。
そんな人の裸があり。その人の乳首も、顔も、股間もすぐ近くにある。
いや、それどころか、もはや密着している。
彼の胸板は、やさしく私の頬をなで。
彼の股間は私のヘソ下を突くように、ピクピクと脈動している。
「ふーっ♡ふっー♡おひ♡うひ♡」
「お、おいジニー。やめろ、くすぐったい」
「す、すみません♡ひひっ♡」
汗がムワりと、私の周囲に巻き上がる。
そこには多量のフェロモンが入っているはずだ。
だって、こんなに興奮してしまうのだから。
「ふーっ♡ふーっ♡」
ああ、この乳首をしゃぶりたい。
もう捕まってもいいから、しゃぶっちゃおうかな。
こんなチャンス、もうないよ。
シモン先輩なら、許してくれるかもしれないし。
…………。
「こら、なにしてる。せっかく助けてやったのに、まったく……。仕方ない奴らだなぁ……」
◇
一方、その頃お嬢様は。
「ジニー…………弱者の気持ちが分からないキミのことは好きじゃない。けど、キミはっ!真面目なキミならシモンを守ってくれるよねっ!?お願いっ、どうかあの二人からシモンを守ってぇっ!」
「うるさいざますよ、ニコさん。静かに入るのがマナーざんす」
露天風呂から見える星を見上げ、遠くの友に祈っていた。
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