第7話 ドロシー様に告げ口だけは、おやめになって……



「皿に磨き残しがある、泡もついてる。やりなおし」

「ご、ごめんね」



 スィー、ジロジロ

「指先に埃が付きました、やりなおし」

「も、申し訳ございませんわ……」



「うんうん、良くベッドメイキングできてるね。その調子」

「……ありがとうございます、先輩」



 屋敷の一角にて、俺は3人の娘に指導をしていた。

 想像通り、と言っては可哀想だがシャイアとスベリアの二人は仕事ができない。

 あまり、こういう経験がないのだろう。スポンジを渡してもキョトン顔。ホウキを渡してもキョトン顔。


 初めてその道具を見たんか?ってくらい動かなかったので、後ろから手を掴んで実演まで行ってあげた。

 彼女たちの仕事内容が芳しいとは言えないが、成長はしている。まだ2日残っているから今後に期待だな。



「あの、でも少し、分からないところがあるかもしれません。……あのっ!二人のときみたいに、後ろから手を掴んでやってもらえたら分かりやすいんですが……」


「ん?いや、ジニーはちゃんとできてたよ。そのままでいいよ」


「…………分かりました、ありがとうございます」




 ジニーについては、特段言うことはない。

 そのまま経験を積んでくれればいい。俺が下手に触るよりそっちのほうが成長しそうだ。




「やりなおしたよっ!見て!キレイじゃない?!」


「おー……、うん、いい感じ。やるじゃん」




 皿の表面には汚れも、泡も残っていない。ピカピカと辺りを反射したソレは確かにキレイだった。

 よくやった、偉いぞ。

 俺は、シャイアの白い髪をワシワシと撫でた。



「へへへ……♡」


「………………………」



「あのっ!ワタクシのほうも終わりましたわっ!シモン様、もう一度確認いただけるかしら?」



 今度はスベリアか。どれどれ……?

 まず、目に見えたゴミはないが……。

 窓の桟をなぞる、問題なし。地面の隅も、キュッキュッと音が鳴る。……舐められそうなくらい、キレイだな。



「見直したよ、不貞腐れずちゃんと仕事できるのは、お前の美点だな」


「!!!……ありがとうございますっ……!」



 瞳をウルウルと濡らしたスベリア。

 90度でお辞儀する彼女が思いの外可愛くて、抱きしめるように頭を撫で回した。



「偉いぞぉー」


「し、シモン様ったらぁ、大袈裟です♡も、もぉ~♡」


「………………チッ」



 ?どこからか、舌打ちが聞こえた気がしたが……。

 まあ、気のせいか。


 シャイアとスベリアは笑ってる。

 ジニーは無表情だけど、あの子がそんなことしないだろう。



「おかしいだろ……こんなの……私が一番ちゃんとしてるのに……同じブスなのに、なんで私だけ……」ブツブツ



 ?近くに、誰かいるのかな?

 呪詛のような、暗い声が聞こえた気がした。


 ひょっとして、幽霊?

 ファンタジー世界だし、あり得るのがちょっと怖い。



 ◇



「賄いは、肉入りポタージュとパンです。熱いから気をつけてね」



 今日の稼働時間は3時間にも満たない、とはいえ彼女たちは慣れない環境で頑張ったのだ。

 丹精込めて、飯を作ってやった。貴族様には合わないかもしれないが。



「えっ!?今日は一皿全部食べていいの!?」


「ああ……たんと食え」


「うめ……うめっ……」



 お下がりの件から薄々気づいていたが、シャイアは多分貧乏な家なのだろう。

 震える手でポタージュを掬い、口に運ぶと。

 周りの目を気にすることなく、がっついて食べていく。


 ズルズル、ピチャピチャ、バクバク。


 こやつめ。

 獣のように、パンを引きちぎって食べておる。

 食べ方汚えなぁ。


 教育係、としては怒らないといけないんだが。

 料理を作った人間として考えると、ちょっと嬉しいのだから困ったものだ。



「おい、シャイア汚いよ。全く、恥ずかしいなぁ……。あの、先輩。わざわざ作ってくださってありがとうございます。……おいしいです、凄く」


「ん?ああ、ありがとう」



 ジニーは、静かにポタージュを口に運んでいる。

 見た感じ、不味いとは思ってなさそうで良かった。

 後は、スベリアだが……。


 なぜか彼女は、ポタージュをすぐに食べようとはしない。

 湯気の立つポタージュを確認するように、スプーンでかき混ぜ、持ち上げたかと思えばその汁をマジマジと見つめた。



「あー、嫌いな食べ物とかもあるから無理はしなくていいぞ?」


「い、いえ!食べ、食べますわ……」



 ダラダラと汗を流す、スベリア。

 その息は、ハァハァと乱れ。目線はぎこちなく右上を向く。

 多分、彼女は良いものを食べてきたのだろうし、こんな庶民の食べ物は食べられないのかな……。


 10秒ほど、ポタージュを睨んでいた彼女は決心したようにスプーンを動かし。



「ああんっ♡あっつーい♡」



 盛大に、足元に零していた。



「し、シモン様。ごめんなさぁい、ワタクシ火傷してしまったかも……♡」


「見せてみろ」



 彼女のメイド服を捲り上げ、太ももの辺りを見る。

 確かに、ほんのちょっとだけ、赤くなっていた。



「まったく、ドジだなぁ。治してやるから、奥に来い」


「はぁい♡」




「しまったぁ!……もう、もう、ない!ジニー、スープ!ちょうだい!!!」


「やらないよ……、君たち、頭大丈夫?先輩も、かまってちゃんなんて、ほっとけばいいのに…………」




 ◇



「スープが冷める前に早く終わらせるぞ。内ももの辺りか?」


 適当な空き部屋に入り、スカートをたくし上げさせる。

 ドレスからメイド服には着替えさせたが、下着は元のまま。

 細くて、薄くて、網状のエッチな紫パンツだった。


 傷口の確認をしようと、下着の網の奥に見つめたが流石に赤くなっているかは分からなかった。


「…………実は、鼠径部までかかっててェ……。ワタクシ、イタくてェ……」


「まったく、俺がいないときに一人で生きていけるか心配だよ……。パンツだけでいい、さっさと脱ぎなさい」



 秘所を守るには、頼りない布切れ。

 それをスベリアはゆっくり脱いだ。



「脱げましたぁ♡」


「そのまま、スカートを持ち上げてろ」


「は、はぁい♡」



 恥ずかしそうに、股間を見せつけるスベリア。

 黒いスカートの中に広がる、その雪のように白い土手に俺は頭を突っ込んだ。

 クチュクチュと、また唾を作りながら。



「あぁんっ♡」



 ◇



 一方、その頃お嬢様は。


「……犯罪者であるスベリアの母、これは何?」


「ドロシーの娘の無能なメイド、これは今日のアナタのご飯ざんす。」


「生にんじん!?ボク馬じゃないよ!」


「おかわりは自由ざます、裏庭のリンゴも2個まで食べていいざんすよ。今日の仕事ぶりで食べられるだけ有難いと思うざます」


「……虐待だよっ!?……クソッ、シモンが居たら、甘甘のコーンポタージュをフーフーしてくれるのにぃ……!」


「お客さん精神が抜けない子ざますねぇ………。ちゃんと働けば、良いもの食わしてあげるから頑張るざます」


 やっぱり、泣いていた。



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