第6話 ご主人様に謝ってください


「おばさん、アタシ達と戦ってよ」



 久しぶりに、人を殴りたくなった。



 昼前の静寂が漂う長閑な時間。

 平和なノーヴィ家に、二匹の暴れ牛と可愛いメイドがやってきた。


 我が物顔で屋敷を闊歩する暴れ者達、色々と問題はあるが、目につくのはその格好。

 シャイアとスベリアは、かたや下着が見えているダルダルのメイド服。かたや仕事しに来たとは思えない、キラキラの宝石ドレス。

 こんな姿で働かせる訳にはいかない。

 だから俺は仕事上、暴れ者達の服装から整えたかったのだが。



『この服は大事な人から貰ったの!メイドやるならこれ使いな、って!別にこれでいいじゃん!何がダメなの!』


『ワタクシが、メイド服……。いや、いやいや、……アナタの頼みなら聞いてあげたいんですのよ?でも流石に、それは失礼ではなくて?』


『先輩すみません、私も言ったんですが聞かなくて……』



 頑として、話を聞かないのだ。

 まあ、ダルダルのメイド服はこの際いい。

 せっかくならビシッとした服のほうが、良い経験になるだろうと考えて。

 屋敷の服を使う?と提案しただけだ。


 でも、ドレスで職業体験は、流石にな。

 お前、なにしにきたんや。

 ……と、言いたくなる。


 しかしながら、俺はただの大人向けベビーシッター。

 貴族様相手に、どこまで言って良いものかも分からない。


 ……仕方ないので、挨拶も兼ねてドロシー様のところに連れてきたのだが。

 連れてこないほうが、良かった。



「ねえ おばさん、アタシ達と戦ってよ。四天王位奪取戦よ。いいでしょ?そのために来たんだから」


「魔王軍四天王なんて肩書き、貴女には荷が重いでしょう?ワタクシ達が貰ってあげますわ」



 メスガキどもの開口一番がこれだった。


 昨日の昼間赤ちゃんだったドロシー様は、日中の仕事を取り返すため夜中のウチに鬼のように働いている。

 深夜の2時頃に目覚めたときも、まだドロシー様の自室には明かりがついていた。

 それぐらい働いている。


 起きるのだって、屋敷の誰よりも早い。

 俺達、使用人が起床する5時半から6時の間。

 俺が欠伸を放ち背伸びをしている時には、すでにドロシー様は起床して働いている。

 自室でバリバリ働いたかと思えば、中庭でグズるお嬢様を説得したり、愛情を注入したりと。

 本来俺がしなければならないことまで彼女は進んでやってくれる。


 なにかと甘やかしてくれるご主人様。

 彼女は決して辛い顔なんて見せないけれど。

 ……負担はかかっているはずなのだ。

 だからこそ、安易に彼女に頼ってはいけない。


 そんな、手間をとらせたくない。と思っているところにコレだ。

 年下の少女ながら、無礼なメスガキを殴りたくなる。

 けれど、スーツを着たドロシー様は平然とそろばんを弾き。書類を片手に持ちながら、二人をジロっと流し見ていた。


 昨昼、哺乳瓶を蹴飛ばし、俺の乳首を吸っていた可愛い可愛い赤ちゃん時代の面影はそこにはない。

 愛情の欠片もない、冷たい目をしていた。



「……たまに居るのよね。あなた達みたいな、お馬鹿さんが」




 ◇



「あんなに……!あんなに強い、なんて、聞いてない……!痛い…………!」


「う、うぇぇぇん……!わ、ワタ、ぅシの、まえ、ばがっ、無くなっ、ちゃっ、たぁっ……!うぅぅぅ……!」


「ドロシー様、怖すぎるよ……。君たちが悪いんだけどさ」




『雷鳴』のドロシー。

 それがご主人様の二つ名であった。


 ドロシー様に喧嘩を売った二人は、ボロボロ。

 ご主人様から放たれた雷に打たれ、彼女達の衣服はあられもない。

 服には大きく穴が空き、ところどころ火傷した肌が露出している。

 ミミズのように身体を這い回る傷跡がとても痛々しかった。


 彼女達の泣き顔にも一撃ずつ殴られた跡があり。

 ダークエルフの少女、シャイアは握り拳ほどの大きさのタンコブを作り。

 魔族の少女、スベリアは前歯が折れ、ほっぺたが晴れ上がるほどダメージを受けていた。


 プライドと肉体をへし折られた彼女達。


 正直、無礼な彼女達がやられ、スカッとした気持ちはある。

 ……けれど、ちょっとやりすぎなのでは?

 とも、思ってしまう。



「ねえ、反省はしてる?」



 治癒魔法が存在するこの世界では、こんな傷だって簡単に治せてしまうけど。

 傷痕ってのは厄介で、治るまでに時間をかけると痕は消えずに残ってしまう。


 彼女達では治癒魔法は使えないんだろうし、このまま放置というのはなぁ。

 ドロシー様の前に連れていったのは俺。

 色んなことに、少なからず責任を感じている。

 治すのが遅くなって、顔に傷痕が残るのは流石に……。



「……反省して、後できちんとドロシー様に謝るなら、俺が治癒魔法使ってあげる」




 ◇




 方法に文句はつけないこと。誰にも言わないこと。

 そう前置きした上で、俺は二人の傷の治療を始めた。



「……えっと、あの、さっきの方法。ほ、ほんとにいいの……?」



 ここに居るのは3人だけ。

 ハーフエルフの真面目少女、ジニーは怪我を負っていないため、退出してもらった。

 ……あんまり、見られたくないしな。



 まずはシャイアからだ。

 あぐらをかいた少女の上に跨る。

 対面座位の逆バージョンのような体勢を取ると。


 目の前の少女にキスの雨を降らす。


 だが、キスをするのは唇ではなく傷口。

 顔の傷に向け、治癒魔法を込めた唾を塗り込んでいく。


 ピチャピチャ……。



「あっ♡はっ♡」



 顔のタンコブに、唾が染み込んでいく。

 癒やしの力が込められた唾を纏い。俺の舌がふにふにとしたシャイアの肌を撫でる。

 その度に、コブは小さくなってゆく。



「んっ♡んぐぅ♡はっ♡」



 治癒魔法をドロシー様に教わった際、彼女にもやってみたのだが。

 俺の治癒魔法は気持ちいいらしい。

 俺の場合、一般的な治癒魔法と違い、治癒の水を粘膜からしか出せないのが難点であるが。


 気持ち良いという点で言えば、一般の治癒魔法よりも優れているはずだ。



「傷、痛まない?」


「き、きもちいいっ!♡もっとっ♡舐めてぇ♡」




 ◇



「……その、わたくし、はじめてで……。や、やさしくお願いします……」



 ある程度シャイアの処置が終わった後。

 スベリアのほうを見ると彼女は顔を真っ赤に染め、ダラダラと汗を書いていた。

 傷が痛くて仕方ないのかもしれない。

 優しく、それでいて丁寧にやってあげなくては。



 ちゅ……。



「んむっ♡むむ♡」



 彼女の傷が酷いのは、特に顔。

 それも口腔内。前歯は折れ、ほっぺたは腫れている。

 だから、大量の唾液を彼女の口に送り込む。

 口中の水分を彼女と交換するのではないかと思うほどたっぷりと。

 舌で問題箇所を弄りながら、次々と送っていく。


 ……しかし、最初は大人しかった彼女の舌が段々と暴れ始め、絡まって思うように塗りたくれない。


「ほひい♡はむ♡おっ♡」


 仕方ないので、舌がついてこれないくらい激しく動かすことにした。



 くちゅっ、ちゅぱっ、ちゅっ。れろ。





「!?んんーーー♡むむっ♡っぷはぁ♡んんむ♡」






 真っ白な彼女の首を抱き、歯の表面を舌で磨いていく。

 唾を塗りたくる度、歯は徐々に再生していき。

 頬の腫れも次第に引いていった。


「ぷはっ、……どう?まだ痛む?」


「ま、まだ歯が痛みます。もっと♡お願いします……♡」



 ◇




「ハァ、ハァ……♡」


「大体、治ったかな?もう痛いところはない?」




「………………あのっ、…………実は。実はっ、体の方も痛くて、ワタクシ、泣いてしまいそうで…………」


「……あ、アタシも!アタシもまだ身体が、痛みます!!!」




「そっか、じゃあ、脱いでもらえる?」


「「は、はひぃ…………」」






 結局、彼女たちの職場体験がまともに始まったのは、おやつの時間をすぎてからだった。




 ◇



 一方、その頃ニコお嬢様は。


「うぅ……、やっぱり、嫌だ!今ごろシモンは、あの獣たちにえっちなイタズラされてるに違いない!……ミナリアさんボクを帰らせてください!アナタの娘を犯罪者にしていいんですか!?アナタの娘の止め方はボクが知っています!ボクに任せてください!」


「……スベちゃまが、そんなことするはずないざます。とりあえずニコさんは床磨きからお願いするざますよ」


「くっ、アンタは!自分の娘のことが分かってないよぉーーー!この親バカぁぁぁーーー!」



 やっぱり、泣いていた。



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